第15話
別の日、廊下を歩いていると北村・宮城コンビを見かけた。
せっかくストーキングが止まったのにここで関わって、触発させるのも嫌だ。
わたしは彼らに気づかれる前に逃げようと踵を返す。
「まったく、お前らは窓を何枚割れば気が済むんだよ」
「えー、今回のは俺じゃなくて貴大だしー」
「お前が避けなければ割れなかっただろ」
「えー、あんな本気の飛び蹴り、普通避けるでしょー」
「どっちもクロだ」
岩谷先生の呆れた声が聞こえる。どうやら説教中だったようだ。
内容が気になってしまって、わたしはひっそりと物陰で足を止める。
「ったく、お前らには本当に手が焼けるよ」
「あははー」
「こっちは笑えないっつーの。お前の担任だってだけで他の先生たちからも風当たり強ぇんだから。貴大の方は俺じゃねぇのに」
「まーくん舐められてんじゃない?」
「誰のせいだよ。その呼び方やめろ」
いつもお疲れ様です、と心の中で先生を労った。
そして今度こそ本当に逃げようと歩き出した時だ。
「最近じゃ火影はストーカーに目覚めるし。あいつの担任の先生に完全に嫌われたよ。何で俺が悪い感じになってるんだよ」
そんな愚痴が聞こえてくる。
これって、わたしのことだ。
それでまた足を止めてしまう。
「ストーカー?」
先生の言葉を聞いた宮城先輩が、訝しむように聞き返した。
「あれ、貴大は知らないのか? こいつ、二年生の女子に付き纏ってんだよ」
「二年の女子?」
分からなくていいです、わたしはもう終わったことにしたいので!
そう念じたけど、先輩には届かなかったようだ。
「……まさか、図書室にいた奴?」
「貴大よく覚えてるねー」
北村先輩が感心したように言った。
わたしは深く息を吐き出す。
本当、どうして覚えてるんだろう。
「マジか。お前まだあのブスのこと追いかけまわしてたのかよ。趣味悪いな」
「はあ? 詩乃ちゃんはブスじゃないし! 可愛いよ。訂正して」
やっぱりこの人は絶対に良い人なんかじゃない。
今、確信した。
「ブスだろうがブスじゃなかろうが、問題はそこじゃないんだよ。もう関わるなって言っただろ。100歩譲ってお前らが好き勝手するのは目を瞑るから、他の奴巻き込むな」
「最近はそんなに会いに行ってないしー」
「お、そうだったのか? それは良いことだ。馬の耳に念仏かと思ってたけど、案外お前にも聞く耳があったんだな」
「ウマノミミニネンブツって何?」
わたしは耳を澄ませる。
北村先輩がどういうつもりでいるのか、もしかしたら分かるかもしれない。
宮城先輩が北村先輩に「馬の耳に念仏」を説明している横で、先生は安心したように息を吐いた。
「まあ、神山の方はお前のこと嫌がってたみたいだからな。さっさと諦めた方がお前のためにもなるってもんだ」
「え、俺まだ諦めてないよ?」
その言葉に、岩谷先生が「は?」と声を上げる。
先輩は悪びれず、へらへらと笑いながら言葉を続けた。
「ただ好きだ好きだって言い続けるのじゃダメみたいだから、他の方法を探してるとこ」
ああ、やっぱり「待ってる」だけだったんだ。
そんなことされても、わたしはなびかないのに。
わたしが陰で聞いていることなんて露知らず、先輩は宮城先輩に「どうすればいいと思う?」と相談を始める。
それに対して、宮城先輩は呆れた口調で答えた。
「やめとけよ。俺たちと関わるようなタイプじゃないだろ。真面目ちゃんは同じ真面目ちゃんと乳繰り合わせておけよ」
「貴大」
宮城先輩の言葉を遮るように名前を呼んだ北村先輩の声は、聞いたことがないような低いものだった。
それには宮城先輩も驚いたようで、眉を寄せながら「何だよ」と同じトーンで返す。
北村先輩はいつものようなへらりとした笑顔を張り付けて言った。
「人は見かけだけで判断できないものだよ? 案外真面目に見せかけた奴が俺らなんかより落ちた奴で、俺らの方がよっぽど詩乃ちゃんにふさわしいかも」
「お前にしては一理あるな。だけど俺たちはそんな善人じゃねぇだろうが。そいつらが落ちても俺たちが上がるわけじゃねぇ」
ぴりりと、その場の空気が張り詰めていた。
どうしてたかがわたし如きのことで一触即発の雰囲気になるんだ、とわたしは少し焦っていた。
宮城先輩もいちいち真面目に返さなくていいですから。
わたしが陰でやきもきしていると、黙って聞いていた岩谷先生が口を挟む。
「北村、分かってるならあんまり傷口えぐってやるな」
「傷口?」
再び宮城先輩が眉を寄せて聞き返す。
何も知らないのだから、当たり前の反応だ。
二人は、わたしと新妻先輩の話をしている。
先生の言葉に、北村先輩は拗ねた子供のように答えた。
「嫌だ」
「残酷な奴だな。嫌われるぞ」
別に北村先輩のことが嫌いなのはそれが理由じゃないんだけどな。
だってもともと嫌いだから。
そう思いながらわたしが聞いていると、北村先輩は真面目な顔をして「ダメだよ、まーくん」と口を開いた。
「傷はほっといても治るけど、ちゃんと薬塗ってあげないと痕が残っちゃうでしょ」
そしてニッと笑って言う。
「大丈夫、俺が忘れさせてあげるから」
その瞬間、わたしの胸の中に何か温かいものがぽわんと生まれた。
それはじんわりと広がって体中を巡っていく。
「珍しく良いこと言ってるように見えるけどな、お前ただのストーカーだからな」
「違うもん!」
そんな会話を後ろに聞きながら、わたしはその場を逃げるように後にした。
何だろう、この感情は。
初めてのことに、少し戸惑っている。
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