第12話

馬鹿な女だと思う?

心底呆れた?

それじゃあもう、わたしのことなんて放っておいてください。

そう願ったのに、先輩が口にしたのは予想外の言葉だった。


「詩乃ちゃんは、俺のことどういう人間だと思う?」


驚いたわたしは、思わず腕をどけて北村先輩のことを見てしまう。

目が合うと、先輩はニッとわたしに笑いかけた。


「底抜けの馬鹿」

「えー、酷いなぁ」


正直にはっきりと告げれば、先輩は文句を言いながらもけらけらと笑う。

そして目を細めると、優しい顔でわたしを見た。


「でも当たり。それ以上でも、それ以下でもないよ。俺は見た目通りの人間だから」


確かに、こんな馬鹿はそうそういない。

それこそ、最低ラインからのスタートだ。

多少評価が上がることはあっても、きっとこれ以上下がることもない。

だってどんなことをやらかしても、北村火影という人間への想定範囲内だから。


「裏切ったりしない。だから、俺のこと好きになったら楽だよ」


そう言って先輩は、わたしのこめかみを濡らす涙を親指で拭った。

真剣な先輩の表情を見ていると、逆に「ふふ」と笑みが零れてきた。

わたしは体を起こしながら返す。


「そもそも、そんなとんでもない馬鹿とは付き合いたくありません」

「あれー?」

「真面目で大人しい人が好きだって、言ったじゃないですか」


北村先輩と真っ直ぐ向き合い、目を見ながらわたしは言う。


「だけど、告白してくれたのが先輩じゃなかったとしても、わたしは断ってました」

「どうして?」

「もうしばらく、恋愛はしたくないから」


どんなに格好良くても、どんなに優しくても、別に格好良くなくても、問題を起こすような勇気なんてなくても、どこからどう見ても安全牌だとしても。

逆に、わたしが一目惚れをしたとしても。


わたしはそんな気持ちに気づかないふりをして、封じ込めることにする。


「そうそうあることじゃないって分かってはいるんですけど、それでもやっぱり怖いんです」

「……また、失敗するんじゃないかって?」

「はい」


恋が辛いものだと、苦しいものだと、歌や漫画では聞き飽きていた。

だけどわたしにとってそれは、幸せな気持ちになれる素敵なもので。


こんな結末なんて、想像できなかったのだ。

あのフレーズは本当なのだと、今更になって知る。


「大丈夫だと言われても、信用できそうになくて。だって今までだって、信じてたのは同じですから」


信じ切った自分が馬鹿だった。

だけど恋ってそういうものだから。

盲目になるのが、恋というものでしょ。

それで失敗するなら、わたしは恋なんてしたくない。

誰かを好きになんて、なりたくない。


「だから、ごめんなさい。先輩のことは好きじゃないし、好きだったとしても告白は受けられません」


これで、最後にしてもらおう。

そう思って、わたしは先輩に目一杯の笑顔を向けた。


先輩は何も言わずに、わたしの顔をじっと見る。

これで、諦めてくれるような人じゃないか。

だけどわたしの気持ちはこれがすべてだ。

わたしも笑顔を向けたまま、先輩の反応を待つ。


「分かった」


ようやく口を開いた北村先輩が発したのは、意外にも肯定の言葉だった。

わたしはほっと息を吐く。


しかし先輩はいつもと変わらない笑顔を浮かべて言った。


「じゃあ、待ってる」


北村先輩がこちらへ手を伸ばす。

何をされるのだろう、とわたしは思わず身構えた。


「詩乃ちゃんがまた恋をしたくなるまで、待ってるから」


先輩の右手が、わたしの口元を覆うように触れる。

何をするつもりなのか分からず、逃げようがない。


「そしたらその時は、俺のこと好きになってよ」


そう言って笑うと先輩は、手のひら越しにわたしにキスをした。

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