第11話

「失礼しまーす」


先輩におぶられて保健室へ向かうと、先生がこちらを見て驚いた顔をする。


「火影、どうしたの?」

「詩乃ちゃんが具合悪くなっちゃったみたいで」


先生は近づいてきてわたしに気づくと「あれ、この間の」と呟いた。

そしてわたしの額に手を当てる。


「熱はないみたい。でも酷いクマ。ちゃんと寝てる?」


ああ、そう言われてみれば、最近寝つきが悪い。

わたしが首を振れば「じゃあ疲労ね」と先生は言った。


「奥のベッドに寝かせてあげて。ちゃんと慎重にね?」

「そのくらい俺にもできるし。先生、俺のこと舐めすぎー」


その言葉通り、わたしはベッドの上に優しく下ろされる。

そして先輩は毛布まで掛けてくれた。


「えーっと、2年A組の神山さんだったよね。先生には話しておくから。……留守番、火影に頼んでも大丈夫?」

「大丈夫だって。ちゃんと見てるし、何もしない。信用してよ」

「何かあったらただじゃ済まさないからね?」

「はーい。行ってらっしゃい」


わたしが目を瞑っている横でそんな会話がなされ、先生が部屋を出ていくような音がした。

すぐそばに感じる気配は北村先輩だ。

だけど警戒する気力もなく、わたしは大人しく横になっていた。


多分、問題が重なりすぎたんだ。

新妻先輩のこと、北村先輩のこと。

容量オーバーになりかかっていたところに、さっきのことがトドメのように作用したのではないかと思う。


「ねえ、詩乃ちゃん。さっきの話だけどさ」


もう何も考えず、頭を空っぽにできたら良いのに。

だけどわたしの不調の理由を知らない先輩は、話を戻そうとする。


「見た目と中身って結構関係ないよ。俺みたいな見た目でも意外と真面目な奴だっているし」

「先輩は違いますけどね」

「うん、それはそーだね」


目を瞑ったまま答えれば、先輩は少し安心したような声色で返事をした。

それでもう心配モードは終わったのか、今度はわたしの髪をいじって遊び始める。


「それに、大人しそうに見えて、実は俺らなんかよりヤバい奴もいるよ」


あ、これは良くない話の流れのような気がする。


「ほら、この間退学になったニイヅマくんとか」


……やっぱり。


みんなの目には、新妻先輩はどんな風に映っていたのだろう。

そして今は、どんな風に思っているのだろう。

多分、わたしとは違う。


目の奥がじわじわと熱くなってくる。

もうこの人の前では泣きたくないのに。

わたしは目元を腕を覆って隠した。


「分かってます」


見た目の印象など当てにならないことくらい、わたしが誰よりも分かっている。

裏切られたから、分かっている。


「それでも、好きだったんだもん」


そう口にした言葉は、震えてしまった。

目元を隠していても、これじゃ泣いていることなんてバレバレだ。


「え、もしかして詩乃ちゃん……」


動揺した声が聞こえる。

きっとみんなにとって、北村先輩にとって、あの人は言葉を交わしたことさえないような同級生だっただろう。

どんな人間なのかも知らないゼロから始まって、初めて知った情報があの事件。

そりゃ、地面さえ突き抜けるほどのマイナス評価なのも当たり前だ。


だけどすべての人がそうだとは思わないでほしい。

わたしにとってあの人は、誰よりも高い場所にいたのだから。


「マジかぁ……」


北村先輩が落ち込んだような声を出す。

そう、あなたのライバルは存在するのに、どこにもいない。

彼の表面上の顔を見てわたしが創り出した、亡霊なのだから。

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