第8話

次の日、わたしが学校に行くと靴箱の前で北村先輩が待っていた。


「詩乃ちゃん、おはよー!」

「……おはようございます」

「ちゃんと朝から学校来てんのエラいね」

「先輩こそ、そのへんはちゃんとしてるんですね」

「だって詩乃ちゃんに会いたかったし」


ご丁寧に、教室までのお見送り付きだ。



昼休み、当たり前のようにやってきて拉致され、一緒に昼ご飯を食べる羽目になった。


「それ手作り弁当?」

「……母が、作ったものですけど」

「いいね! 俺コンビニのパンだよ!」

「そうなんですか」

「一口ちょうだーい?」


もちろん味なんてするわけがなく、まるで砂を食べているようだった。



放課後になると、昨日のようにまた迎えにやって来る。


「一日中ちゃんと学校にいたのとか超久しぶりなんだけど!」

「それは……良かったですね」

「詩乃ちゃんに会いたいから、このくらい頑張るよー」


また家まで送ってくれると言うから丁重にお断りするも、笑顔で却下された。


家に帰ればどっと疲れが押し寄せてきて、ベッドに倒れ込む。

こんな生活、耐えられない。

神様、一体わたしが何をしたというのでしょうか。



その次の日も、また次の日も、そんな日々が当たり前のように消化されていった。

穴が開きすぎて、もう胃がなくなるんじゃないかと思う。


「神山ちゃん、生きて」

「わたしはもう死にました」

「本当に理由思い当たらないの?」

「ないよ……。あったら直すよ……」

「北村火影は何考えてるか分かんないって有名だからねぇ」

「怖すぎるんですけど」


クラスメイトも心配してくれるけど、彼を止める手段がないからどうしようもない。

わたしが特に危害を加えられているわけではないと知ると、「ご愁傷様」のコメントで終わりだ。


次第に、別の学年からも「北村火影の女はどれだ」と見物人がやってくる始末だ。

誰が北村火影の女だ。


「もう嫌だ、しんどい……」

「代わってあげられるなら代わってあげたい、とも言えないし」

「そこは言ってよ」

「頑張って、人柱」

「この学校には薄情者しかいないのか」


授業合間の10分休憩だけが一息吐ける時間だ。

机に突っ伏しながらクラスメイトに愚痴をこぼす。


「もう不登校になりたい……」


「それは寂しーな」


聞こえてくるはずのない声が聞こえて、わたしは勢いよく顔を上げた。


「やっほー」

「え、何で!?」


北村先輩がわたしの目の前にいて、にこにこと笑っている。

いつの間にか、クラスメイト達と目が合わなくなっていた。


さよなら、わたしの束の間の休息。

とうとう10分休憩まで邪魔しに来たか。


「遊びに来ちゃった」


えへ、と笑う顔は可愛くなんて全然見えず、わたしにとっては悪魔の微笑みのように感じる。


「……先輩、もうあと数分で次の授業が始まるんですけど」

「そうだねー」

「遅れちゃいますよ」

「大丈夫! 出ないから」


北村先輩は笑顔を崩さず、わたしの顔をずっと見ていた。

本気で恐怖を感じる。


「あ、そうだ。詩乃ちゃんも一緒にサボろうよ」

「いや、わたしそういうのはちょっと……」

「えー? いいじゃん、一回くらい。ね?」


これ、断ったらどうなるの?

授業サボったりなんかしたら完全に評価落ちるんですけど。

でもこの人の言うことに逆らったら、人生を終わりにされそうで。


わたしが返事に困っていると、先輩の後ろに人影が動いた。


「ほーかーげーくん」

「うわっ!」


先輩が振り返るのよりも先に、肩が力いっぱい掴まれる。

そこに笑顔で立っていたのは岩谷先生だった。

予定表を確認すれば、次の授業は国語だ。

予期せぬところで容疑者確保、といったところだろうか。


「痛い痛い! ちょっとこれ体罰じゃないの!?」

「いやいや、ただのマッサージだよ。疲れてないかなぁと思って。あ、疲れてんのは俺の方か。まったく、誰のせいかなー?」


ぐりぐりと容赦なく先輩の肩を揉んでから、岩谷先生は大きく息を吐く。


「何でお前がここにいるんだ。教室に戻れ」

「えー、せっかく詩乃ちゃんに会いに来たのに」

「また神山か」

「先生、わたしは悪くありません」

「分かってる分かってる。この馬鹿の暴走だろ?」


先生は顔を上げて教室全体に響く声で「自習に変更」と言った。

そして北村先輩の腕を掴んで歩き出すと、わたしのことも手招きする。

面倒臭いことこの上ないけど、これで先輩のストーキングが収まるなら有難い。

わたしは大人しく席を立って、先生の後についていった。

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