第4話

目に飛び込んできたのは、色鮮やかな赤。

何がどうなってそうなったのかは分からないけど、体中にツツジの花びらがついている。

そして何よりも、髪の毛が赤い。


「ありゃ、先客がいたの」


一拍置いてその人物を認識した瞬間「逃げなきゃ」と思った。

わたしはこの人を知っている。

だって、有名人だから。


「ごめん、ちょっと匿って。今まーくんから逃げてるところだから」


彼がそう言った瞬間、窓の外から「どこだコラァ!」という声が聞こえてきた。

あれは多分、国語の岩谷いわたに先生の声だ。

先生から逃げ回っている人に匿えと言われている。

最悪でしかない。


「え、あの……」


いつの間にか涙は止まっていた。

だけど目の淵にたまっていた雫が、動いた瞬間はらりと頬に流れ落ちる。


「えっ、何で泣いてんの」


それを見た彼は、困惑したような顔をして手を伸ばしてきた。

指先がわたしの頬に触れて、涙をすくう。

その手は、ひどく温かかった。


「ッ、ごめんなさい……!」


自分でもどうして謝ったのか分からない。だけどこの人に逆らってはいけない、と思った。

わたしは急いで自分でも目元を拭おうとする。

けれど、彼の両手がわたしの頬を包み込む方が先だった。


「泣かないで」


優しい声がすぐ近くで聞こえたと思った次の瞬間、彼の顔が近づいてくる。

今、自分の身に何が起こっているのか理解できない。

何か温かいものが頬に触れていた。

どういうことだ、これ。

わたしが硬直している間に、頬を伝っていた涙がぺろりと舐めとられる。


……舐めとられる?


「ぎゃあああああ!!」


ようやく状況に気づき、わたしは乙女らしからぬ悲鳴を上げながら彼のことを突き飛ばした。

火事場の馬鹿力のようなものだと思う。

わたしよりずっと背も高く、体格もしっかりしている彼が、「うわっ」と声を上げながらベッドから転がり落ちた。


「何するんですか!?」

「え、何って涙を舐めた?」


信じられない。

この人、今わたしの頬を舐めたんだけど。

なのになんで平然としていられるの?


この状況があまりにも意味が分からなくて悪寒がした。


わたしが悲鳴を上げたせいか、窓の外から誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。


「どうした!?」


姿を現したのは岩谷先生だ。

そういえば、彼は先生から逃げているのだった。

先生は彼の姿を見つけるなり険しい顔になる。


火影ほかげ! と、神山……!? おいお前、神山に何した!」

「待って待って! 誤解だって、まーくん!」

「あれのどこが誤解!?」


ついわたしも口を挟んで反論してしまう。

先生の剣幕に、彼は急いで立ち上がると保健室から走り去ってしまった。

窓の外にいた先生は追いかけることもできず、舌打ちをしてからわたしの方を見る。


「大丈夫か、神山。あいつに変なことされなかったか?」

「されました」

「何された」

「ほ、ほっぺ、舐められた……」

「何やってんだ、あいつ!?」


先生は信じられないというように目を剥きだして、彼が消えていった方向を見る。

ほんの数分間のうちに目まぐるしく起こった出来事が信じられず、まるで悪夢のようだった。

本当に、今日の出来事がすべて悪い夢ならばどんなに良いことか。

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