第3話

その日は急遽、全校生徒が体育館に集められた。

校長先生からの話はもちろん、新妻先輩のことだった。

もしかしたら噂は間違っていたかもしれない、と信じたかったけど、どれだけ探しても先輩の姿は見えなかった。

先生の話で名前は出されなかったけど、その場にいる誰もが「新妻優斗」だと知っていた。


休み時間にこっそりスマホで検索を掛けてみれば、地方紙のニュースだけが出てくる。読めば、わたしの好きだった人は、「少年A」という呼び方をされていた。

本当に、事件を起こした「新妻優斗」とわたしの好きだった「新妻優斗」が同一人物なのか分からなくなる。

あの人がそんなことをするなんて、全然結びつかないのに。



昼休みに図書室に訪れると、同じ委員会の先輩がいた。


「今日の当番って……」

「あー、うん。委員長」


壁に貼られている当番表を見れば、小さな字で「新妻」と書かれていた。

彼の字だ。


「まさかあの新妻くんが……。ちょっと、頭の整理がつかないよね」


神山さんなんか、特にそうなんじゃない?


そう尋ねられて先輩の顔を見れば、苦い顔をして目をそらされた。

ああ、みんな気づいてたんだ、わたしの気持ち。


「……本当、馬鹿ですよね」


わたしにできるのは、強がって笑顔を浮かべることくらいだった。



図書室を後にすると、わたしは教室に向かわず、保健室を訪れた。


「失礼します」


扉を少しだけ開けて中をのぞくと、保健の先生と目が合う。


「具合が悪いので、ベッド借りてもいいですか」

「大丈夫? クラスと名前は?」

「2年A組、神山詩乃かみやましのです」


本当は具合が悪いところなんて一つもない。

強いて言うなら、心だろうか。

最悪の形で失恋して、ズタズタにされました。勝手に好きになったわたしの自業自得だけど。


窓際のベッドまで歩いて行って、ごろんと横になる。

そうすると先生がカーテンを引いてくれた。


「先生ちょっと職員室行くけど一人で大丈夫?」

「平気です」

「じゃあ、10分くらいで戻るから」


そう言って先生が出て行ってから少しして、始業のチャイムが鳴った。

わたしはそれをベッドに寝転がりながら聞く。

人生で初めて、授業をサボってしまった。


なんで、好きになっちゃったかなぁ。

だって優しくしてくれたんだもん。知らなかったんだもん。しょうがないじゃない。


なんで、あんなことしたの。そんなことしなければ、あなたの人生は狂わなかったのに。


わたしはとっくにあなたに人生を狂わされているのに、なんであなたは自分自身の人生をどん底に落としたりしてるの。



静かな部屋に一人で目を瞑れば、止まっていた思考が滑らかに動き出す。

処理しきれていなかった感情が波のように押し寄せてきた。

あ、ダメだ、と思った時にはもう涙が溢れている。

拭っても拭っても、それが常かのように止まることを知らない。


これ、こすりすぎたら目が腫れるな。そうじゃなくても、真っ赤になって泣いたことバレるよね。

どうしよう、次の授業。


もう何もかも嫌になって、大きな溜息を吐いた時だった。



ガラッ、と勢いよく窓の開く音がした。

驚いてわたしは体を起こす。

先生はまだ帰ってきていないし、誰かが部屋に入ってきた音もしなかった。

ということは、外から?

何だか怖くなって固まっていると、「よっ!と」と男子の声が聞こえてくる。

そしてベッドを囲っていたカーテンが勢いよく開いた。


「あ」


——真っ赤だ。


それが、最初に抱いたその人の印象だった。

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