第2話
新年度が始まり、わたしたちが2年生になってほどない、ある麗らかな春の日。
朝、学校に行くと、全体が何か異様な雰囲気に包まれていた。
「おはよう」
「あ、
教室に入って前の席の女子生徒に声を掛ければ、明るい声で反応が返ってくる。
そして間髪入れずに「ねえ、聞いた?」と彼女は口を開いた。
「三年生の人が退学になったんだって」
「へえ、そうなんだ」
異様な雰囲気の正体はそれか、と納得する。退学なんて穏やかな単語じゃない。
あまり風紀の良い学校とは言えないからそこまで驚かないけれど、きっと大きな問題を起こしたからその噂で持ち切りなのだろう。
「なんか、他校の彼女孕ませて、それが分かったら音信不通になって、結局その彼女自殺したらしいよ」
わたしはそれを聞いて眉を寄せた。
妊娠させるだけでも感心しないのに、その上音信不通、挙げ句の果てに自殺まで追い込むなんて。人の風上にも置けない、とんだ最低野郎だ。
そんな人と同じ校内で生活していたのか、と苦い思いになる。
「えー、ウチ、付き合ってないって聞いたんだけど」
「マジで? もしそうだったら超クソ野郎じゃん」
近くにいた彼女のお友達も会話に参加してきて、退学になった誰かも分からない先輩への悪口が繰り広げられ始めた。
「つーか、そいつのこと知ってる?」
「知らなーい。別に不良とかじゃなかったらしいよ? 地味な奴だって」
「顔良いの?」
「知らなーい。でも目立たないってことは別にそこまでってことじゃね?」
わたしの通っている学校には「関わらない方がいい」とされる有名人が何人かいるけれど、どうやら退学になったのはそういうタイプの人ではないらしい。人は案外見かけによらないものだ。
だけどこの高校に入学している時点で、という話もある。そうなると、わたしだって人のことをとやかくは言えないけれど。
「あ、なんか優等生だったらしいよ。だから先生たちも驚いて対応遅れてるって」
「ふうん。ああ、そう言えば図書委員の委員長って言ってた気がする」
その言葉を聞いてわたしは体を硬直させた。
……今、なんと言った?
「マジか。ってか、あれ? 神山ちゃん、図書委員じゃなかったっけ」
そう尋ねられて作った笑顔が引き攣る。
「何だっけな、名前。確か……」
思い出そうと考え出す彼女に、わたしは恐る恐る確認した。
「新妻、優斗?」
間違いであってほしい。そうじゃないと言ってほしい。
しかし、そんなわたしの願いも虚しく、彼女はスッキリしたようにぱっと顔を輝かせる。
「そう、そんな感じだった! って、神山ちゃん、もしかして仲良かった感じ……?」
全身から血の気が引いていくのが感覚で分かった。指先から一気に冷たくなって、口の中が渇く。
「……別に、そんなんじゃないよ」
嘘。
新妻優斗のことは、よく知っている。
確かにあの人は、名前も覚えられないような、目立たない人だったと思う。
だけどわたしにとっては、5年も恋焦がれている片想いの相手だった。
「その新妻って奴、どんな奴だったの?」
「……大人しくて優しくて真面目で、普通の人だったよ」
「へえ〜。腹黒そうな感じとかしなかったの?」
「少なくともわたしは、全然気が付かなかったな……」
中学の時から委員会が同じ、という小さな接点でも、先輩と言葉を交わすことは少なくなかった。高校でもまたその関係は継続され、多分わたしたちの仲はそれなりに親密になっていたと思う。
わたしは彼が好きだということを隠してはいたけれど、もしかしたら言動で気づかれていたかもしれない。
見つめていたり、頬を染めたり。
最近では、彼もわたしに好意を持ってくれているんじゃないかと思うこともあった。
だから、告白しようと思っていた。
5年に渡る片思いに、けじめをつけようと。
「暴力沙汰とかより女関係の方がさぁ、ヤバい感じしない?」
「分かるー。近くの奴が問題起こしたら、自分もそういう対象になってたのかもしれないって、ゾッとするわ」
それが、こんな形で終わるとは。
何だったんだ、わたしの5年間は。
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