茶柱に笑う

入江 涼子

第1話

 初秋の穏やかな昼下がり、珍しく緑茶を淹れた。


 私は昔、緑茶が苦手だった。何故か?恥ずかしながら、猫舌で熱々な物は全般的に駄目だったのだ。しかも、緑茶は苦い。そのせいで小学校に上がるまで避けていた。

 成長と共に、緑茶を飲めるようにはなる。高学年になり、緑茶に梅干しを入れた「梅茶」を飲んだ。それ以来、嫌いからまずまず好きと言えるレベルになった。


 中学生になり、コーヒーにハマるようになる。おかげで緑茶

 や紅茶、ハーブティーも飲むようになった。今は緑茶を普通に飲む毎日だ。

 そんなこんなで私も三十を過ぎ、四十近い年齢になる。さらに、緑茶のまろやかさや仄かな甘みも分かる年になった。

 古臭いが、茶こしにお茶っ葉を入れた。湯飲みの上に置き、熱湯を注ぐ。コポポと音が鳴った。室内に緑茶の香りが揺蕩う。


「……父さん、お茶を淹れとるんやわ。飲む?」


「……一杯やったら飲む」


 そんなやり取りをしながら、茶こしをとる。湯飲みの中のお湯は鮮やかな緑に染まっていた。湯飲みは二つある。片方を父の元に持っていく。


「おおきに」


「うん」


 父は礼を述べて湯飲みを手にする。ゆっくりと飲み始めた。私もキッチンに戻り、自身の湯飲みを手に取る。緑茶の水面をなんとはなしに見た。 

 ぷかぷかと鮮やかな緑色の中に小さな棒が浮かびながら、立っている。よく言う茶柱だ。

 秋初っあきしょっぱなから、縁起が良いな。そう思いながら、ニッと口角を上げた。


(ふふふ、幸先良いとはこの事やな)


 内心でほくそ笑みながら、湯飲みを傾けた。ゆっくりと緑茶を啜る。


「うん、まずい。もう一杯やな!」


 古いギャグを言いながら、まろやかさや甘みを味わう。父がこちらを見た。


「……涼子、古いギャグをよう知っとるなあ。儂でも言わんぞ」


「もう、分かっとるよ。わざわざ、言わんといて!」


 ちょっと、キツめに言い返した。父はやれやれと言う表情になる。


「……ごめん、言い過ぎたな」


「ええで、お茶美味いなあ」


 父はさりげなく、話を逸らす。私も無言でまた、お茶を啜った。静かに時間は過ぎ、夕方になろうとしていた。


 ――おしまい――

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