第4話
「急所は外した、と思う。」
だって殺したらあなたは私を嫌いになるでしょう?人殺しを何とも思わない私のことを化け物だと思うでしょう?同じ人種だと思えないでしょう?
だって大半の日本人にとって戦争なんて他人事。正義のために武器を取るなんて感覚はないのだから。
「さすがは美紗の腕だ。」
博樹が携帯片手に淡々と指示を出すのを、私は苦々しく見つめることしかできなかった。
いつもこの時間に外に出ていればそりゃ狙われる。なのに彼は私を責めない。
なぜだ、と責めたいと思うのに。本心を教えて欲しいと思うのに。
「美紗。外にいる時間が長すぎる。戻ろう。」
彼が私を庇うように背後に立ち、私は屋上をあとにした。
ガラス張りのエレベーターのガラスは防弾ガラスだ。うちのビルは全てがそう。
沈黙の中近づいてくる地上をぼんやりと見つめた。
それだけでわかるだろう。
この物騒な世界が。
静かなエレベーターが31階から事務所のある17階に私たちを運ぶ。
「鈴丘には残党狩りを指示した。美紗に銃弾が及んだと脅しておいたから今頃必死だろうよ。」
聞けない。
今私の隣にいること後悔してる?
なんて聞けない。
「ありがとう。じゃあ私は報告書を読んだ後、何をしたらいい?残党はきっと鈴丘が探しきるよね。なら......。」
博樹があんまりにもこっちをじっと見つめるから、喋りにくくなって口を閉じる。
「どうしたの?」
私は彼の本心を聞きたい。本心を聞いて泣いて縋って憐れまれてでも彼をここに引き止めたい。心から愛している。彼は私のものだ。そう思いたい。
なのに、聞けない。
何も聞けない。
私という人物像で塗り固めてしまう。偶像化した私で私を塗り固めて、どれが本当の私かじきにわからなくなる。
「美紗、体調は大丈夫か?いくら良いサプレッサー付きの銃でも、あの距離で、美紗が気づかないわけがない。普段なら絶対に気づいてた。」
深刻な声音に笑いが漏れそうになった。
「......博樹。博樹にごまかしは無駄だからはっきり言うけど、私はいつ死んでもおかしくない。体調が、いいわけないよ。」
彼は私をよく見ているから。あまりにも包容力があるから。
私は彼に甘え続ける。
「じゃあ外に出るな!......本当ならもっと色々怒鳴りたい。こんなことやめて入院してくれとか、安静にしてくれとか。それが.....美紗の信念を踏みにじるだろうから言わないだけだ。」
こんなに素敵な人が、私のために、私を叱ってくれるなんて、なんて嬉しいんだろう。
「力づくで、美紗を軟禁してやりたいくらいだよ。」
やれやれと、彼が冗談まじりに肩をすくめる。
そうはいっても博樹はそんなことしない。してくれない。だってそうするには彼は私を知らなさすぎる。私の本心を知らなさすぎる。
「僕は時々迷う。美紗の復讐を手伝うのが愛なのか、美紗を問答無用で縛り付けるのが愛なのか。後者を選べば確実に美紗はもっと長生きするはずだ。」
あぁ、これは冗談じゃないんだ。
こんな風に博樹が悩みを吐露するのは本当に珍しい。聞き逃さないように、したい。
でも私はそう思ったまま彼の言葉を軽んじ続けている。この優秀な頭脳は私の気持ちなんてそっちのけで最適解を常に弾き出し続ける。
「僕は美紗のやってることを否定も非難もしたくない。ーーそれでも。たまに。無性に美紗を束縛したくなる。もう何もするな、と。」
やっぱり博樹はかっこいい。
こんな時でも、私のやってることを頭ごなしに否定しない。
彼だけだ。彼だけだ。
私には彼だけ。
「なあ、美紗。ここらでやめて、僕と渡米しないか?向こうなら名医がいるはずだ。」
なんだか、博樹の雰囲気が真剣すぎて。
息が、できない。
彼を囲い込んだのも堕としたのも私のはずなのに。
私が真意を探るように博樹の瞳をじっと見つめていると。
博樹はフッと笑った。
「冗談だ。でも美紗、今日はもう安静に。」
これが心理学テクニックだと気づいても、もうそれを拒否する気にはならなかった。
だから最後に。
「ねえ。私に付き合ってること、後悔してる?」
例えば、私をこの世界から引き剥がしたいと思う?
そう、問うた。
私の本心を少しでも見せようとしたのは計算か、それとも他の何かだったのか、よくわからないけれど。
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