第76話

――そうして迎えた放課後。



「はぁ……」



今日一日、ことあるごとに昨日の俊とのことを思い出しては、溢れ出そうになる涙を堪えながら溜息を零して過ごしていた都古は、



「都古先輩。お疲れ様です」



部室を出たところで待ち構えていた伊吹の、その優しげな笑顔を見て、



「……っ」



何故だか、勝手に涙が出そうになる。



「先輩?」



慌てて顔を背けた都古を不思議に思った伊吹が、彼女の手をそっと掴む。



「なるべく急いで送りますから。もう少しだけ、我慢出来ますか?」



涙を我慢していることが彼にバレたのは恥ずかしいが、



「……うん」



やはり、いつもより頼もしく見える伊吹の優しさに、今だけは甘えさせてもらうことにした。



寄り道もせず、真っ直ぐに都古の自宅まで送ってもらって、



「ありがとうね、朝倉くん。良かったらちょっと上がっていく? お礼にお茶とお菓子出すわよ?」



頂き物の美味しいクッキーがあったことを思い出した都古が、玄関の中へと伊吹を手招きする。



伊吹がそれに素直に従い、玄関の扉が閉まると同時に、



「都古先輩」



「!?」



伊吹が都古をふわりと優しく抱き締めた。



「もう、無理して笑わなくていいです」



彼の腕はとても優しくて、都古が拒絶すればすぐにでも逃げ出せそうなほどに、弱い力しか込められていない。

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