第75話

「へぇ……てっきり、ミヤちゃんがフリーになって喜んでるのかと思ったのに」



伊吹の態度が意外だったのか、風香は感心したような声を上げ、



「……」



都古は黙ったまま、伊吹が出ていった教室の後方の扉をじっと見つめていた。



彼の、あんなにも険しい表情は初めて見た気がする。



一体何が、彼をそこまで怒らせたのか。



(……私が、泣いてたから……?)



実際に涙を見られたわけではないが、それでも都古の傷付いた姿は、伊吹の心を痛めたりしたのだろうか。



本当のところは分からないが、



(私のために、怒ってくれたのよね?)



結局は、そういうことなのだろう。



家族以外で、都古のことをこれほどまでに大切に想ってくれる人なんて、いないと思っていたのに。



――“年下でも、頼りになるヤツはいるだろ”



昨日、兄から言われたばかりの言葉が頭の中で反響する。



今、最高に弱っているせいだろうか。



可愛い弟のように思っていた伊吹が――とても頼りがいがあるように見えてしまうのは。



(……ダメよ。寂しいからって、朝倉くんに甘えてちゃ)



都古は慌ててかぶりを振り、自らを奮い立たせる。



「私……一人でも生きていけるように鍛えなくちゃ」



「……は!?」



突然の都古の決意表明に、風香は思わず素っ頓狂な声を上げ、



「あ……あー……頑張れ、少年。ミヤちゃんという道は険しくて長いぞ」



今頃は中等部の校舎を目指して歩いているであろう伊吹に、そっとエールを送った。

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