第74話

「都古先輩なら喜んで僕の胸貸しますから、いつでも言ってくださいね」



ニコニコと爽やかな笑顔を浮かべる伊吹を見て、何だか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた都古は、



「絶対言わないから安心してていいわよ」



ゆっくりとした動きで風香から離れた。



それを見て、伊吹は広げていた両腕をやっと下ろす。



そんな伊吹に、



「朝倉くん的には今の状況、チャンスだって思ってるんじゃないの?」



風香は思ったままをぶつけた。



その言葉にハッとしたのは都古の方で、慌てて伊吹の顔を見上げると……



「……どういうことですか?」



二人の予想に反して、伊吹は露骨にムッとしていた。



「僕は都古先輩の悲しそうな顔だけは見たくなかったのに。先輩を傷付けたシュンサンのことは、絶対に許さないです」



「あ、あの……俊さんとのことはもう……終わったことだから……」



言ってしまってから強い実感として湧いてきた都古の瞳が、またしても潤み始めて、



「……先輩、今日は一緒に帰りましょう。送っていきます」



眉間に深い皺を刻んだ伊吹が、都古を真っ直ぐに見据える。



「先輩の部活が終わるまで、僕待ってますから」



「え、あっ……」



自分の言いたいことだけを言うと、伊吹は都古の返事も聞かずにさっさと教室を出ていってしまった。

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