第77話

きちんと拒絶しなければ、と思うのに、



「……っ」



彼の腕の温かさが、ずっと我慢していた都古の涙を引き出させる。



「あ、朝倉くん……お願い、離して」



結局は、彼に頼むしかなくて。



「僕に抱き締められるのは、嫌ですか?」



「……私、昨日俊さんと別れたばっかりだから……寂しいからって、朝倉くんを利用するようなこと、したくないの」



まだ俊を引きずっている身として、こんなことをしていてはダメだと、都古は首を横に振る。



「今の状況を利用しているのは、僕の方ですよ」



「え……」



慌てて伊吹を見上げると、彼は妖艶な笑みを浮かべていて。



「都古先輩の弱みにつけ込んで利用しているだけなので。先輩は何も気にせず、遠慮なく泣いていてください」



そして、先程とは打って変わって、強めに抱き締めてくる。



「……都古先輩の気が少しでも楽になるなら……どう思われてもいいです、僕は」



「……」



それが彼の本音なのだと気付いた都古は、尚更彼を拒絶することなど出来なくて。



「ありがと、朝倉くん」



じわじわと涙が滲み始めた都古の瞳を見て、



「……大好きな都古先輩を独り占め出来てお礼を言われるなんて、役得でしかないです」



伊吹は気まずそうに目を逸らした。



余裕そうな台詞とは裏腹に、都古を抱き締める伊吹の手は小刻みに震えていて、彼が酷く緊張しているのが、都古には手に取るように伝わってくる。

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