第72話

勢いよく兄の顔を覗き込むも、兄は全く動じずに前を真っ直ぐ見据えたまま運転を続け、



「何だよ、いきなり。まぁ、人によるとは思うけど、平気でそういうことが出来るヤツなんて男女問わず一定数いるだろ」



そして、眉間に思い切り深い皺を寄せた。



「お前、まさか相原のヤツに……」



「違うわよ! 大丈夫だから!」



「本当か? 事と次第によっては今すぐ引き返して、相原あいつに蹴りでも何でも入れてきてやるぞ」



いつも以上に真顔な兄が怖いが、



「いいってば!」



都古は声を張り上げて全力で拒否する。



触られてそのまますぐにフラれたなんて、そんなことを言えば俊に明日はない。



過ぎてしまったことなので、もう都古の胸の中だけにしまっておくことにした。



けれど……



(……ダメ。俊さんのことを思い出す度に泣きたくなる……)



心に突如としてぽっかりと空いてしまった穴は都古にはとても大きく感じて、



「……っ」



涙が重力に負けて零れ落ちてしまわないよう、顔を少しだけ上へと向ける。



瞬きすらも我慢して、自宅に到着するまでの時間を、都古はひたすらに涙を堪えて過ごしたのだった。

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