第60話

「僕なら、絶対に都古先輩にそんな悲しい顔はさせませんよ」



最近、口説きモードが全開の時の伊吹は、中学生とは思えないような色気をはらませて甘く微笑むので、流石の都古も戸惑うのだが、



「……まぁ、先輩にこれっぽっちも意識されていないからこそ、そんな顔を僕に向けてくれることはないんでしょうけれど」



とても悲しそうに呟く伊吹に、ますます動揺するしかなくて。



「朝倉く――」



「そうだ。もし良かったらそのお菓子、今日の部活の時にでも食べてください。他の部員さんにも食べてもらえるように、数が多めのものを選んだので。それでは」



自分の言いたいことだけを、都古の目も見ずに一方的に告げると、伊吹はそのままきびすを返した。



いつの間にか随分と広くなっていたらしい彼の背中は、それでもこの時ばかりはとても小さく危なっかしげに見える。



都古はそんな彼の背中が見えなくなるまで見送ってから、



「……」



しょんぼりとした足取りで、再び部室を目指して歩き始めた。



彼からもらったお土産の和菓子は結果として部員たちにはとても喜ばれたが――



甘いはずのお菓子が、この日の都古には何だかほろ苦く感じたのだった。

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