第36話

「……」



ますます暗い表情に変わった都古を、



「……!」



その変化に気が付いた伊吹が心配そうに見つめる。



「ミヤちゃん?」



風香も心配そうに都古の顔を横から覗き込む。



見るつもりはなかったのだが、俊からのメッセージがちらりと見えてしまって、



「え。デート、中止になったの?」



思わず、思ったままの台詞が口から飛び出し、それを聞いた伊吹の顔が、忌々しそうに歪んだ。



「……うん。消防士さんの卵だもの。お仕事を優先して当然よ」



高校生の自分とは違い、俊は社会人。



それも、まだ夢を追いかけて奔走中の身で、都古に構っている時間なんて本当はないはずなのに。



それでも付き合おうと言ってくれた彼の優しさを受け取れるだけで十分だと、自分自身に言い聞かせている。



「そのデート、どこへ何しに行く予定だったんですか?」



相変わらず険しい表情のままの伊吹が訊ねたが、



「映画を観に行く予定だったんだけど」



涙を堪えて俯いている都古には、その彼の表情は見えていない。



そして、



「……じゃあ、僕と行きましょうよ。その映画」



伊吹のそんな一言に、都古は慌てて顔を上げて、正面に立っている彼の顔を見上げた。



青みがかった緑色の瞳と視線がぶつかる。



「……私、俊さんと付き合ってるんだけど」



僕のこと異性として見ていないんですよね? それなら浮気にはなりませんよ」

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