第35話

「……殴らなくていいわ。何でもないから」



何故だか彼の目を真っ直ぐには見られず、都古はまた俯く。



そんな都古の机に伊吹が両手をついたのが、視界の端に映った。



「何でもない時の顔じゃないことくらい、僕には分かりますよ」



伊吹の真剣な横顔を、風香は黙って眺めていたが、



「ミヤちゃんね、ついに俊さんと付き合い始めたんだって」



「……はっ?」



彼がどんなリアクションをするのか興味が湧いたので、ここで爆弾を落とすことにした。



……風香が黙っていたところで、いつかは彼も耳にするだろうし、きっと問題はないはずだ。



「念願だった相手と交際を始めたばかりの人の顔じゃないですよ」



ますます表情を険しくさせて都古を見下ろす伊吹は、いつもよりも迫力が増して見える。



「僕なら、都古先輩にはそんな辛そうな顔、絶対にさせません」



「辛くても、私は俊さんがいいの」



都古がプイッと窓の方へと顔を背けた時、



――ピロリンッ



都古が制服のポケットに入れていたスマートフォンが、新着メッセージの受信を知らせた。



慌てて開くとそこには、



『ごめん、都古ちゃん! 今度の休みに約束してた映画、行けそうにないかも……』



と申し訳なさそうな絵文字のついたそんな言葉が。

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