近いような、遠いような…

第91話

カットを終え、最後に武巳が手にしたミラーで後ろや横の仕上がりを見せて、



「たけみん、凄い! 上手! これなら私、ちゃんとした代金払うよ!」



恵愛は興奮気味に後ろの武巳を振り返った。



「気持ちは嬉しいけど、決まりだから。気にしないで」



武巳は照れくさそうに笑った後、



「川上さん……もう外真っ暗だけど、帰り一人で大丈夫?」



心配そうに恵愛の顔を覗き込んだ。



本当は、もう少し武巳と一緒にいたいというのが本音だけれど、



「あっ。うん、平気よ。慣れてるし」



まだ後片付けなどの仕事が残っている武巳に、そんなワガママは言えない。



預けていたジャケットを武巳に着せてもらい、



「そっか……じゃあ、気を付けてね」



最後にバッグを受け取った時、



「そっか……じゃねぇだろ、このあほんだらぁ!」



店の奥のバックスペースから物凄い勢いで飛び出してきた店長が、武巳の頭をスパーンッと叩いた。



「いっ……!」



思わず両手で後頭部を押さえて振り返った武巳に、



「こんな時間に女の子を一人で帰らせるアホがどこにいるのよ!」



店長が恐ろしい形相で迫る。



「いや、でも俺、まだ片付けが……」



「明日はお店休みなんだから、その間にちょろっと来てササッと片付ければいいでしょ!」



「……」



そこは“アタシがやっとくから帰っていいよ”じゃないのか、と思った武巳だったが、流石にそれは言えない。

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