第89話

その様子を、目の前の鏡越しに見ていた恵愛は、思わずクスッと笑ってしまう。



「ここにいる時のたけみんって、凄く楽しそうよね」



「そう?」



恵愛にカットクロスをかけている武巳が、ことりと首を傾げた。



「美容師のお仕事好きなんだなぁって」



「それは、まぁね。女の子が更に可愛くなっていく過程を見てるのが好きだし、俺の力でその子が自信を持ってくれたら、俺も嬉しいし」



武巳がくしで恵愛の髪をき、部分ごとに区切りながらクリップで留めていく。



「……私の髪、傷んでるでしょ」



将来のために節約生活をしている恵愛には、こだわって愛用しているようなヘアケアアイテムがない。



十分なケアが出来ずに傷んだ髪は恵愛にとって、大きすぎる胸の次に悩んでいるコンプレックスだったりする。



本当は美紅のようなロングヘアに憧れがあるが、それは自分できちんとケア出来る人だけが許される髪型だと思う。



「うーん。毛先が結構傷んでるね。ちゃんと乾かしてから寝てる?」



「……たまーに忘れてることもある、かも……」



「コラ」



そんなやり取りをする二人の様子を、



(へぇ……あのたけみんが、ねぇ)



まだレジ締めをしていた店長がちらちらとうかがう。



(やっと美紅ちゃんのこと、吹っ切れてきたのかね)

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