第87話

その質問の意味を理解した瞬間、恵愛の体がびくっと強ばったのを、武巳はシャンプーをしながらでもしっかりと見ていた。



「泣いてなんか……」



「本当に?」



「うん……」



恵愛が何でもないという限り、武巳にはこれ以上何も言えない。



第一、彼女の嫌がる話を無理に聞き出したりしないと約束したばかりだったのに。



(俺は一体何を……)



余計なことを言ってしまったと自己嫌悪していると、



「たけみんは……」



「うん?」



「本当に彼女とか、いないの?」



そんな質問が恵愛から飛んできて、



「え、何? 寂しい男だなって言いたいの?」



武巳は思わず身構えた。



「ううん、そうじゃなくて……その、お泊まりしたりとか、そういう親しい間柄の女の子とか……」



恵愛としては、彼があまりにも人気者なので、本当に恋人や、これから恋人になりそうな女性がいないのかと心配になっただけなのだが……



「あぁ。そういう子なら一人だけいるよ」



何でもないことのようにさらりと返ってきた答えに、恵愛の胸がぎゅっと締め付けられる。

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