第84話

恵愛に対しては乙女心に鈍感な発言を繰り返すところもあるが、基本的に愛想が良くて人当たりもいい武巳は、この店ではかなりの人気者らしい。



しかも、誰もが振り返るほどの甘いマスクのイケメン。



そんな彼が、女性にモテないわけがない。



「松野くんって今、彼女いないんでしょ? 私とかどう?」



「ははっ。そう言っていただけて嬉しいですけどね。俺は女性の美しさを引き立たせることに喜びを感じるタイプなので、恋愛とかは……」



口説こうとする女性客を笑顔でかわす武巳に、



(よく言うわ。美紅ちゃんに対しては、ずっと一途だったクセに)



恵愛はそんなことを思ったりもしたが、もちろん言わない。



「松野さん! 俺は!? 俺もいつか松野さんみたいな髪型にして欲しいっす!」



相原が懸命に武巳へと猛アピールをして、



「えっ? あー、うん。俺が一人前になれたら、やってみようか」



武巳が引きつり気味の笑顔を相原へと向けた。



……きっと、誰が担当したとしても、相原を武巳風に変えるのは無理だと思う。



武巳は少し癖のあるふわふわの柔らかい茶髪で、相原のそれとはそもそもの髪質が全く違うから。



「じゃあ、松野さんが一人前になったら、最初のお客さんは俺がなりたいです!」



興奮気味の相原を見て、



(いや、そこはフツー、美紅ちゃんが一番でしょ)



ファッション誌をササッと見終えて、ヘアカタログの雑誌に手をのばしながら、恵愛は心の中だけで冷静に突っ込んだ。

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