第77話

どうやら酷く責任を感じているらしい武巳の声に、恵愛は慌てて、



「大丈夫よ! 心配してくれる家族なんて誰もいないから!」



つい、本当のことをぶちまけてしまった。



『川上さん』



武巳の電話越しの声がスッと低くなり、恵愛は何て言い訳をしようかと必死に考えて――



『たけみーん! いつまで電話してんのー? 次、池内様がシャンプーお待ちよ!』



電話の向こうの離れたところから、店長が武巳を大声で呼ぶのが聞こえてきて、



「長々とごめんね、たけみん。じゃあ、明日よろしくね」



『あ、川上さ――』



武巳が何か言いかけていた気がするが、迷惑になるのでこちらから通話を切った。



彼に、本当のことを打ち明ける勇気は全くない。



けれど、彼とはもっと一緒にいたいし、彼のことについてもっと沢山知りたいし、



――自分のことも、もっと知って欲しい。



そんな矛盾だらけの気持ちが何なのか、恵愛には全然分からないが、



(また明日、たけみんに会える……!)



そんなことが、何よりも嬉しくて。



いつもは制服で会っていたけれど、明日は日曜日で学校は休みだから、武巳の前で初めて私服を披露する。



「そうだ、何着て行こう!?」



二階への階段を駆け上がり、自分の部屋のクローゼットを開けて私服を漁る恵愛の耳に、



――♪♪♪――



一階にある洗濯機が、洗濯完了を知らせる短いメロディーを奏でたのが、小さく聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る