第68話

「なんでそんなこと聞くの?」



不思議そうに首を傾げる武巳には、どうやら自覚はないらしい。



「……今、私のこと美紅ちゃんと間違えて引っ張ったから」



流石に、“前回泊めてもらった時に美紅の名前を呼びながらうなされていたよ”とまでは言えなかった。



「ごめん。仮に美紅だったとしても、女の子にこんなことしちゃダメだよな」



武巳は気まずそうに俯き、



「でも、美紅のことを今も好きなのか、っていうのは、俺にもよく分からない」



ぼそりと呟くように答える。



「美紅のことが大事なのは今も変わらないけど……まだ好き、なのかな……?」



それは恵愛からの質問に答えているというよりは、まるで自分自身に問いかけているよう。



武巳のその気持ちは、恵愛もなんとなくだが分かる気がした。



今も右京のことを思い出すと胸が苦しくなるけれど、だからと言ってまだ好きなのかと問われると……よく分からない。



武巳と過ごす時間のお陰で、恵愛の心の傷は少しずつ癒えている気がするから。



「あ。何か美味そうな匂いがする」



不意に、武巳が顔を上げた。



「もしかして朝飯作ってくれたの?」



「あ、うん。簡単なものしか作ってないけど」



「やった! 俺もう腹ペコ」



武巳は急いで寝袋を片付けると、壁に立てかけていた折りたたみ式のテーブルの足を立てる。



その嬉しそうな様子に、恵愛はフッと微笑み、



「コーヒー淹れるね」



やっとコーヒーメーカーを動かせるので、キッチンへと戻った。

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