第67話

その衝撃と恵愛の声で、武巳が薄らと目を開ける。



「あぇ……? 美紅……?」



「……」



彼にとって、寝起きの状態で傍にいて当然なのは、未だに美紅だけだと言うのか。



彼と美紅が両片想いをしていたのは知っているが、実際の二人の距離感や関係性までは詳しくは知らない。



今、武巳の目の前にいるのは美紅ではなく恵愛なのに……



(やっぱり私は……誰からも想われてなんか――)



掴まれた腕から、武巳の体温が伝わってきて、それが余計に恵愛の胸を締め付ける。



「……え? 川上さん……?」



やっと目が覚めてきたらしい武巳は、



「おわぁっ! ごめん!!」



慌てて恵愛から手を離し、後ずさりするようにして寝袋から這い出た。



「ごめん! えっと……俺、川上さんに寝ぼけて何かした……?」



「……腕を掴まれて引っ張られたので鼻を強打しました」



恵愛の言葉を聞いて慌てて立ち上がり、部屋の電気をパチンとつけた武巳は、すぐに恵愛の目の前に戻ってきて……



「あ、ホントだ。鼻赤くなってる。ごめん」



恵愛の鼻に、そっと優しく触れた。



「……今もまだ、そんなに美紅ちゃんのことが好きなの?」



心の中だけで思ったはずの言葉が、無意識に口をついて出て、



「え……?」



恵愛の鼻を撫でていた武巳の手の動きが止まる。

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