第62話

「食う?」



「えっ?」



突然何を聞かれたのかと面食らう恵愛の隣に、



「アイス。俺と一緒に食おうと思って待っててくれたんだろ?」



武巳がストンと腰を下ろした。



向かい合って座るものだと思っていた恵愛は、武巳とのその距離の近さにドキドキする。



「ほら、急げ。溶けるぞ」



何も気にしていないのか、武巳はローテーブルの上にアイスのパッケージを二つ置いた。



武巳は、自分の分のフタをベリベリと開け、付属のプラスチック製の楊枝ようじでアイスを刺し、それを口に運ぶと、



「うまっ。やっぱ風呂上がりはコレだな」



至福の笑顔を浮かべた。



つられた恵愛も、慌ててアイスを開封し、一口かじる。



「ん〜。美味しい」



恵愛の心からの笑顔に、



「やっぱり美紅の言ってた通り、悪い子ではなさそうだな」



武巳がふわっと優しく笑った。



「美紅ちゃん……?」



武巳の口から出た美紅の名前に、恵愛の体が反射的に強ばる。



「俺はとにかく美紅が大事だから。美紅を傷付ける可能性のある人間には関わるなって忠告したんだけど……美紅は、川上さんのこと好きらしくて」



「……」



以前は確かに、美紅に対して明確な悪意があった。



けれど、今はそんな気持ちは微塵もないし、武巳にそう思われていたのだと知って、恵愛は俯いた。

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