第58話

「はぁー……気持ちいい」



一軒家である自宅の浴槽に比べれば、この1Kのアパートの浴槽はかなり狭いが、それでも、



(こんなに居心地がいいの、なんでなんだろ)



今まで自分の家には心休まる時間というものは、あまりなかったように思う。



実の父親を含め、母と付き合っていた男たちは皆、恵愛の入浴中にわざと“間違えた”と言って乱入してきたから。



武巳はそんなことは絶対にしないだろうという謎の安心感もあるからか(現にガキの裸に興味ないとか言われたし)、不安みたいなものを全く感じない。



ただ、



(この入浴剤、凄くいい匂いがするけど……なんで松野さんがこんなの持ってるんだろ)



滅多に湯船は張らないと言っていた武巳が、女性が使うようなお洒落な入浴剤を持っていたということが気になる。



(もしかしなくても、やっぱり、ここに出入りしてる女の人がいるんじゃ……)



もしそうなら、恵愛がこうして二度もお邪魔しているのは、武巳にとって迷惑なことでしかないはず。



(やっぱり私、帰らなきゃ)



慌てて湯船から出て、ふわふわのバスタオルで体を拭き、自分が先程まで着ていたブラウスを着ようとして、



「あ、そうだった」



“早く乾いてくれないと困るだろ”と言って、服を脱いだらすぐに洗濯機を回すようにと武巳が指示してくれていたのを思い出した。

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