第53話

武巳の仕事が終わってから、帰宅前に近所のスーパーに立ち寄って、今晩と明日の朝の食事の材料の調達をする。



閉店前のタイムセールが行われていて、普段はカップ麺やそうめんのコーナーにしか寄らない武巳は、お惣菜コーナーを一人でふらりと覗き見し、



「なぁ! すげーボリューム満点の天丼が半額になってたぞ!」



精肉コーナーにいる恵愛に声をかけた。



が、



「そんなに私の手作りのご飯が不安なの?」



「……いえ、違います」



値引きシールの貼られた鶏肉を吟味していた恵愛に睨まれて、武巳はお惣菜コーナーの方を指差していた手を静かに下ろした。



恵愛の持つ買い物カゴの中には、武巳が寄り道をしている間に野菜や調味料などが入れられていて、



「ごめん。気が付かなかった」



それに気付いた武巳が、慌てて恵愛の腕から買い物カゴを取った。



「あ、ありがとう……」



予期せぬ武巳の行動に、恵愛の胸がドキッと高鳴る。



こういう女の子扱いみたいなことをされるのは、実は初めてだったから。



「ねぇ、松野さん家って流石にお米はあるわよね?」



おかずの材料になりそうな肉や野菜は何もないというので買うが、白米の有無は確認していなかった。



「ん? んー……炊飯器ならある」



武巳が目を逸らして答えてくれたその声に、



「えっ? 最後にお米食べたのっていつ!?」



思わず彼の腕をガシッと掴んでしまう。

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