第50話

(帰りたくないな……)



明日は休日だし、今夜はお風呂にゆっくり浸かって、美紅たちと過ごした楽しい時間の余韻に浸りたかったのに。



「あ、そういえば……」



武巳への、お礼の食事作りをまだしに行っていなかったことを思い出す。



武巳に助けられたあの日から、半月近くが経っているが、



(また行って、迷惑がられないかしら?)



そんな不安を抱えながらも、恵愛は武巳の働く美容院へ向かうため、帰る方向とは逆向きの電車へと飛び乗った。



必然的に、帰宅する美紅を追いかけるようなかたちとなってしまうが、美紅はもう一本前の電車に乗れたのか、電車内でも降りた駅でも、美紅の姿を見かけることはなかった。



なんとなく、恵愛が武巳を頼りにしていることを美紅には知られたくなかったから。



恵愛にそんなつもりはないけれど、



“右京がダメだったから今度は美紅が過去に好きだった男に媚びを売っている”



と美紅に勘違いされると辛いから。



他の人たちからはどう思われようが気にならなかったのに、美紅と天野にだけは、悪い人間だと思われたくないという気持ちが恵愛にはあった。



ズルいことだと自覚はあったが、それでも、



(今日は絶対に帰りたくない!)



そんな気持ちが強く、かといって以前のようにパパ活で凌ごうなどとは微塵も思わない。



一縷いちるの望みをかけて、武巳のいる美容院を外からそっと覗く。

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