第39話

お腹は確かに空いているので、この際、文句は言っていられない。



もう一度ちらりとキッチン周りを盗み見ると、そうめんを茹でるための鍋が一つとフライパンが一つ。



包丁とまな板は念の為にあるみたいだが、武巳はそれを使わずにキッチンバサミで長ネギをカットしている。



まさかとは思うが、



「松野さんってもしかして……料理苦手?」



「……まだ一人暮らし始めたばっかで、慣れてないだけだよ」



バツが悪そうに答えた武巳は、



「よし、出来た」



とガラスの小鉢にめんつゆと刻んだネギを入れ、茹で上がったそうめんを流し台の中で流水で揉む。



そうめん特有の何とも言えない匂いが熱い湯気と共にむわっと広がり、恵愛はその匂いをこのイケメンと一緒に嗅いでいるというシチュエーションが何だかおかしくて、



「ふっ……」



思わず笑い声を漏らしてしまったが、



「あちちっ!」



そうめんの湯気と熱気に悪戦苦闘している武巳は、そんなことには全く気付かなかった。



茹で上がったそうめんを、リビング兼寝室である部屋のローテーブルの上で、二人でズルズルと食べる。



恵愛は、向かいに座る武巳の顔をちらりと見て、



(イケメンはそうめんすすっててもイケメンなのね)



そんな、非常にどうでもよいことを考えていた。

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