第35話

「え……なんで松野さんが……」



知り合いと会うなど想像もしていなかった恵愛の声が、緊張で震える。



「俺は、この近くに同じ系列の美容院があるんだけど、そこで急な欠員が出たからその応援。で、今はその帰り」



武巳の目が、『次は君の番だ』と言っているようで、恵愛は思わず俯いた。



「こんな時間に、誰かと待ち合わせ?」



何かを察したのか、武巳の恵愛を見る目が鋭い。



「えっと、その……パパと……」



嘘ではないので何とかそう答えた時、



「もしかして、君がエリナちゃんかな?」



今日会う予定だった相手が、恵愛が事前に伝えておいた髪型や制服の特徴から判断して声をかけてきた。



全くもって、最悪のタイミングである。



恵愛は、こんな間が悪く空気の読めない男とは二度と会わないと、心の中で密かに誓う。



「……エリナちゃん?」



一方の武巳は、そんな名前だったっけかと首を傾げた。



職業柄、人の顔と名前を覚えるのは割と得意な方だが、彼女が武巳の店に予約を入れてきた時は、確かそんな名前ではなかったと記憶している。



しかも彼女とはどう見ても初対面のようにしか見えない。



この場合の『パパ』とは家族としての父親ではなくて、もしかしなくても――

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