第92話

――そして少し日は経ち、とある日曜日の朝。



「……ねぇ。約束通り来てくれたのは嬉しいんだけど、せめて左手のそれは外してくるのが気遣いってものじゃない?」



精一杯のお洒落をした川上と、



「学校にいる時以外は付けっぱなしだからな。俺の格好に文句があるのなら今すぐに帰るけど」



そんなに悩まずに適当に選んだ私服に、美紅とのペアリングを左手の薬指にしっかりとめた右京の姿が、ショッピングモール内にあった。



今日はこのモール内にある映画館で映画鑑賞をした後でショッピングをする予定。



「はぁ。まぁ、いいけど」



色々と諦めた川上は、



「ねぇ、映画なんだけどさ。ついこの間上映が開始されたばっかりの恋愛映画なんて――」



気を取り直して楽しい話題を出そうとしたが、



「それは上映の予告がされた時から美紅が楽しみにしてるやつだから、今日は観ない」



冷めきった表情をしている右京にあっさりと却下された。



流石の川上も、これには思わずムッとする。



「……今日は、私との最後の思い出作りのためにデートしてくれてるのよね?」



「……」



「私が楽しめるように、少しは合わせてくれてもいいんじゃないかしら?」



川上の言葉に、右京は気まずそうに目線を泳がせた後、



「……あ。このゾンビの映画、面白そうじゃないか?」



たまたま目に付いた映画のポスターを指差した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る