第13話
私の頭を撫で終えた久住さんの片手はうなじ、背中へと落ち、腰を撫でるとそのまま私を支え、自身へと引き寄せた。
胸がきゅんとときめくのは当たり前。間近で見つめ合うと急がせた上にその心臓は一瞬にして動きを止めようとするのであまり健康に良くない。
「羽仁」
「……はい」
この上なく満足げに久住さんが笑う。でもこの微笑みは悪魔的。私はそれをしっている。
「ご褒美とお仕置、どっちが先がいいか、選ばせてあげる」
「……、」
悪魔のような王子様だ。
ああ、悩ましい。
この選択肢を与えられるなんて、数秒前の私は知る由もない。
「ごほうびが、いいです……」
「だよな」
そして、私が選ぶ答えも、結局久住さんはお分かりなのだ。顎に手を添えられやや強引に上をむくと久住さんの顔が近寄る。この刹那、私は世界の誰よりも幸福な人間になる。
上唇が触れた。下からすくい上げるように唇が重なった。一度離れた唇はからかうように掠めては触れ、びくりと身動ぎした隙に唇を舐められた。仕置のようなご褒美は、もう一度重なると深いところまで踏み込まれた。
イケメンは三日で飽きる、なんていうけれど、あれは嘘だと私は思う。
魂が震えるほど好みの顔の男性と顔を合わせる度に、かっこいいな、と感動する気持ちを植え付けられる。例えば日がな一日ジャージ姿でポテチを食べながらゴロゴロしていても(見たことは無い)、お風呂上がりにパンツ一丁でうろうろされても(これも見たことは無い)、許せてしまう魔の引力が久住さんの顔にはあるのだ。
それに加えて。
「んっ……ぅン……」
左腕で抱きすくめられてキスをされながら、恋人からのキスを受け止める。久住さんはキスが上手だ。それも、とてつもなく。
それなりに知識があるのに足りなくて、毎回あっぷあっぷしてしまう。
──……久住さん。
飲んでたって言う割にタバコの匂いなんてしないし、久住さんのキスからアルコールの味なんて全くしないのはどうしてですか?
こんなこと、言えない。
「久住さん」
「なに」
「好きです」
言えないかわりに気持ちをこぼす。
「そう」
私の王子様は甘さを与えない。でもいいの。甘さは私が勝手に見つけて、勝手に補充するから、いいの。
与えられないとわかっている飴を、私は、ごく稀に求めてしまう。
「好きです」
「知ってる」
「大好きです」
「良かったな」
当たり前に塩対応である。
「久住さんのことが世界一好きです」
でも、私は負けない。
「俺は、一人でクラブに行くやつ嫌い」
「あれは事故です!!」
弁明の時、来たれり!
私の本意でないことをアピールしようとしたその時、私の行動を笑うように、スマホが歌った。
「!」
いつもの私は、久住さんと会う時はマナーモードにしている。だって、久住さんとの時間を邪魔をされたくないし、スマホはできるだけ触りたくない。
しかし、今日は誤解を解くことが先立って、マナーモードにすることを忘れてしまっていたのだ。
腰を久住さんの両腕に抱き留められたまま、ショルダーバッグを探った。スマホには宝良ちゃんの名前が出ている。
「ごめんなさい、宝良ちゃんです。出ても良いですか?」
「出れば?」
お許しを得たのでスマホを耳に当てた。何故か久住さんは離してくれないけれど、今の私に出来ることは、宝良ちゃんとの会話を素早く終わらせることだ。
「羽仁〜、いつ帰ったのよ」
携帯の向こう側にいる宝良ちゃんはいつも通り、日常が流れているらしい。
「ごめんね、急用で!」
だから私も、いつも通りじゃないこの状況下で、いつも通りを演じた。
「急用〜〜??」
宝良ちゃんは酔うにつれて声のボリュームが大きくなるという習性がある。耳がきいんと鳴るからおそらく今も相当飲んでいると見た。
「うん、急用!宝良ちゃんも、全然帰って来なかったし、どうせナンパされてたんでしょ?」
久住さんにまで聞こえてしまわないか、そんな不安を覚えながら話を続けた。宝良ちゃんは一際大きな声でわらう。
「ちがうって。逆よ、逆。羽仁のクズ彼氏より良い男みつけてやろうと思ってさあ?羽仁に合いそうな、いい感じの男、見つけてたってわけ」
ドキン!と、心臓が大きな音を鳴らした。
それはなにも、宝良ちゃんの言葉に驚いたわけじゃない。
「……っ、」
久住さんが私の耳たぶをその指でくすぐっているからだ。
「頑張ったんだからね!?まあ、ついでだから……」
親指と人差し指で耳たぶをふよふよと摘み、それからかぷりと耳たぶを甘噛みした。
──そして私はきづく。
ご褒美が表ならば、これは裏。さっきの続き……お仕置だ。
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