第11話
〈クラブです〉
両手でスマホを持って文字を打った。
語尾に「🥺」をプラスアルファさせようとしたけれど、ちょっと前に、「その絵文字そろそろウザい」と言われたばかりなので我慢してノー・絵文字で返信を打った。素っ気ない返事となったけれど、仕方ない。
代わりに、チベットスナギツネのスタンプをおまけ程度に送った。久住さんの友人が「これ、悠來そっくり」と言って私にプレゼントしてくれた。そっくりかと言われたら違うけれど、絶妙に似ているこのスタンプを、私は久住さん専用にしている。
〈誰と〉
久住さんの返事は早かった。とても珍しい。
宝良ちゃんと……
「ねえ、ここ空いてる?」
「え?」
返信を打っているとその最中、二人組の男性に声をかけられてしまった。なんなら、その二人は自分が持っていたグラスを狭い円形テーブルに置いてしまった。私、知らない人、知らない人、三つのグラスが点在するテーブルが完成し、宝良ちゃんの場所が占領される。
「あの、空いてないです」
「え〜?だってきみ、さっきから一人じゃん」
「ひとりじゃなくて、二人です。今は1人ですけど、1人ですけど!」
謎に1人を強調してしまったのは、声と指が同調していたからだ。気づいた時は時すでに遅し。
「あ、ああっ!?」
トークルームには〈1人です〉を乗せた吹き出しが送信されてしまったのだ。
どうか、どうか、久住さんの中でクラブを優雅な場所として変換してくれないだろうか。たとえば、アフタヌーンティークラブなんてどうだろう。実在するのか知らないけれど、下心なんてない、言わばお清めの場だと捉えてほしい。
「何?どうしたの!?」
この世の終わり、のような顔をていたからだろうか、一緒にいたお兄さんたちも大袈裟に心配してくれた。
「ご、ごご、誤爆しちゃいました!どうしよう!」
「取り消ししなよ、送信取り消し!」
そうだ。久住さんは私のLINEに即既読をつけたりする人じゃない。
「そうですね」
深呼吸して、落ち着いて送信取り消し……
動作を完了させようとすれば、私の行動を見越していたように既読がついた。ヒュッと喉が鳴る。
「!!既読付いちゃった!!」
「うわ〜やばいね。彼氏?」
「彼氏です!私、ひとりじゃないのに」
泣き言を言っていれば、
〈いい度胸してんね〉
久住さんからのメッセージが届いた。対岸の吹き出しは同じ色なのに、圧を感じるのはどうしてだろう。
終わったァ……!!!
視界の端がじわじわと真っ黒で塗りつぶされていく。
「どうしよ、振られるかも……」
最近の私は希望と絶望が短いスパンでシーソーのように入れ替わっている。
「じゃあ、代わりにどっちかと付き合おっか」
軽いトーンで落っこちてきたその言葉に、はあ……とため息を吐き出した。
たとえ逆立ちでご飯を食べても、食べたものは口から吐き出せない。それと同じで、たとえ逆さまになっても、地球がひっくり返っても、久住さんの気持ちが口から出ていくことはない。
「あのね、久住さんか、久住さんじゃないか、ここには絶対に越えられない壁があるの!」
完全に一目惚れだった。それも初めの1ヶ月でかなりの好きを蓄積された私は重度の恋の病に罹患して、簡単に嫌いになれない体の仕組みに変化してしまったらしい。
「でも……もしも久住さんと別れたらあなたたちに慰謝料請求したいから、連絡先は教えて欲しいな」
てへっとあざとく首を傾げると、二人は「こいつ、やば」とか言い捨てて、どこかへ行ってしまった。時間を巻き戻せとは言わないから、せめてグラスを持って行って欲しかった。あの人たちと一緒にいた形跡なんて全部無かったことにして。
「(ていうか、クラブに来た私が悪いんだけど……)」
そして現実と向き合う。前回の経験を踏まえてみても、今久住さんにメッセージを送ってもきっと久住さんは私と取り合ってくれない。
だとしたら、前回見送った選択肢を今!
直接久住さんに会って、誤解を解く方が絶対に早い。
ついでに久住さんに会える。
これが今私が選ぶべきハッピーセットだと信じて、宝良ちゃんに〈ごめん、帰るね〉とメッセージを送りクラブを後にした。
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