第10話
「久住さん、なにしてるのかなー……」
補充できた久住さんという栄養素も、二週間もすればすっかり空っぽの出来上がり。
今回は気まぐれにメッセージをくれたので持った方だけど、それでも、会いたい。
「うわー、やばい、彼氏の写真と会話してるよ」
講義室でぐったりと項垂れていると、今来たであろう宝良ちゃんは机の上にバッグを置くと椅子を下ろした。確かに、久住さんの写真は見ているけれども、断じて会話はしていない。
「いいもん、私にとっては立派な久住さんだもーん」
つんと唇を尖らせていると、頬杖をついた宝良ちゃんは続けた。
「よし。今日の夜、クラブでも行こっか」
「行く!!」
二つ返事で了解した。気晴らしは大事である。
「久住さんが居ながら〜とはならないのね」
「なにが?」
「クラブ」
宝良ちゃんの言葉に、ちっちっち、と人差し指を立てた。
「クラブは久住さんと出会った場所だから、定期的に訪れてあの日の気持ちに浸りたいの」
クラブへの道すがらそんなことを語っていたら、「遠距離でもないのに会えないクズ野郎、振っちゃえよ」と、宝良ちゃんは毎秒宝良ちゃんである。
怒る、という感情をすっかりどこかへ失ってしまった私にとって、宝良ちゃんは私の代わりに怒ってくれる貴重な友人だ。
「でもね宝良ちゃん、違うんだ。久住さんと知り合った時の私って地獄に片足突っ込んでたの。それを久住さんが最低に引き上げてくれたってことなの。確かにいい事ばっかりじゃないけれど、でも、悪いことばかりでも無いよ?」
フロアーは薄暗くて同世代らしいお客さんで賑わっていた。アルミ製の小さなカウンターテーブルが点在していて、そのうちのひとつを私と宝良ちゃんの拠点にした。
絶えず鳴り止まないクラブミュージックに負けないように、声を張って喋っていると、宝良ちゃんは興味無さそうに「へえ〜」と返事をしてお酒に口をつけた。
大好きと大嫌いのマリアージュは不可能なのに、それでも、好きになって欲しい欲が湧くのはどうしてだろう。
「久住さん、ああ見えて実は優しいんだよ」
「ほーん」
「家に帰れなくなってた私を保護してくれたんだ」
「本当に良い奴だったら、連れて帰るんじゃなくて家に送り届けるよね」
「でもでも、帰れなくなった原因を一緒に解決してくれたんだよ?」
「保護した責任として当たり前じゃない?」
「あとは……」
「私ビール追加してくるわ。羽仁はお代わりいる?」
並々と注がれたグラスのどこをどう見てお代わりが必要だと思ったんだろう。
まだいらない、と言えば、宝良ちゃんは一人でバーカウンターへと歩いていった。私のプレゼン力では何の足しにもならなかったらしい。
一度も口をつけていないお酒をこくんと飲んだ。夕食もまだで扁平に縮んだ胃に、アルコールが落ちる。
胃へ内容物が落ちるのは重力のせいではなく、食道が運動しているからだ。逆立ちして食べてもご飯は胃の中に流れていくのが有名な話だ。
人体の構造を再確認していれば、スマホが震えた。
おそらく友人。それか家族。はたまた広告。
〈いまどこ〉
私が求めていた人からのメッセージは、私の予想とは逆さまだった。
たしかに今日、何通かやり取りはしたのだけど、まだ続いていたなんて。もしかして今日の私はラッキーデーなのかもしれない。
怪我の功名、という諺がある。思い出すだけで顔から火が出そうな話なのだけど、過去に私は、久住さんと待ち合わせした際方向音痴を発揮させて迷子になったことがある。これが怪我である。
近くにいた安全そうな男性二人に道案内を頼むと、その時の二人がとても良い人で、同行してくれたのだ。迷子になったのは不運だけど、幸運に恵まれ、久住さんの元へ無事たどり着けた。
たどり着けたまでは良い。
『彼女がどうも、お世話になりました』
その時の久住さんは、小学生でもないのに他人に迷惑をかける私に対してかなりご立腹だった。以降、同じことが起きないようにと位置共有アプリをスマホに入れてくれたのだ。これが功名。
あれ以来私と久住さんの位置情報はスマホひとつで共有されている。
イコール、スマホを見れば' いまどこ? 'の疑問は解決されるのだけど、久住さんがいちいち私の位置を確認するとは思えない。
ちなみに、私は平日の昼間に自分のメンタル安定のため覗いている。平日の昼間なので、矢印はもちろん会社に固定されているのだけど、それでも私は満足なのだ。
休日や夜に見ようと思わない。だって……久住さんがホテルにいるなんて教えてくれた暁には、間違いなく私は寝込む。
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