第9話
「あんたの恋は呪いね」
すると、宝良ちゃんが意味深発言をした。呪いって、なんだろう……。
「そうかなあ?」
自身に問いかけても、久住さんと会うことは呪いというより祝いでしかない。
「ま、羽仁がそれでいいなら、良いんだけどさ」
「うん!私、元気!」
「ほんとうに無理になったら、ちゃんと無理って言うんだよ?」
宝良ちゃんの言葉が、氷水みたいに、私の熱を冷ましては蒸発する。
変化はこわい。出来れば、安定したものが落ち着く。
ずっと好きでいてもらうことは無理だし不可能だ。それが出来たら世のカップルは破綻しない。別れるカップルの方が多いのも、好きが継続しないからだと思う。
けれども、嫌いと好きを繰り返すことは可能だと思う。
私の恋は付き合って最初の二週間でその運をほとんど使い果たしたようなもので、その後、慢性的に枯れている。
久住さんと出会ったのは四年前。私が高校三年生で、久住さんは大学四年生だった。
初めて入ったクラブで、18歳以下は入店禁止ですと言われ断られて、しょんぼりして帰ろうとしていたら別の誰かに誘われて、怖がっていたところを久住さんが助けてくれたのだ。なお、脚色は認める。
ぼやけた視界ははっきりと久住さんだけを映して。誰がなんと言おうと、あの時の久住さんは王子さまだった。
『おまえ、家出したの?』
男の人を追い払った久住さんは私を近くの公園に移動させてくれた。全方向王子様にしか見えない年上の男の人(私は根っからの年上好きである)に心配されるというヒロインムーブがやってきた私は、もう、嬉しくてたまらなくて、頭の中には一面のお花畑が広がった。
『なんでわかるんですか?』
『おまえ頭悪いだろ』
しかし、お花畑はすぐに枯れ果て私に現実を見せる。一方的に好意を寄せても、久住さんにはちっとも効いていないからだ。
おかしい。
『おにーさん、顔は王子さまなのにお口が悪いですよ』
『はいはい。さっきみたいな悪い大人に連れてかれる前に子どもは家に帰んなよ』
『その心配はないです』
『誰にでも持ち帰られそうなお顔してんのに?』
『おにーさんに持ち帰られるから、ノープロブレムです!』
『勝手に決めんな』
彼は笑う。おかしい。私が強請ると大体の男の人はすぐに靡いた。
目が合うと優しくしてくれる人がほとんどだった。
話すと好きになってくれる人ばかりだった。
初めて会った人でも、友達でも、友達の彼氏でも、お姉ちゃんの彼氏でも、等しく好きになってくれた。
『駄目ですか?私、じょーずですよ?』
『あっそ。でも駄目。俺は子どもは嫌い』
こんなにも私に靡かない人は、お姉ちゃんの現彼氏に続いて二人目だった。お姉ちゃんの現彼氏にはモーションを仕掛けていないから、実際、久住さんが初めてだった。
『子どもじゃないです』
けれども私は久住さんを諦めきれなかった。
『自分のことを大人だと言うやつは大体子どもだね』
しかし私よりも大人で、場馴れしているらしい久住さんは呆れる。同時に私は納得する。
きっと、彼にとって私は、駄々をこねる子どもに見えているのだ。
ということは、年下を受け入れた方が大人に見られるってこと!?
『はい!子どもです』
『認めてんじゃん』
……違ったらしい。
『じゃあ、子供じゃないって証明は、どうやってすればいいんですか?大人って、たとえば?』
『善悪の判断がつくのが大人じゃないの』
『分かりました』
『すぐに分かるかよ』
『お兄さんは、良い人です!』
謎に胸を張る。彼は短いため息とともに『ダメだこいつ』と呆れたように笑った。確かに少し前までの私は善悪の判断に鈍かった。
『なんで家出したの』
王子様が私の深い場所に踏み込む。バッグの紐をギュッと握りしめた。
──" 羽仁 "
いつかの声が、忘れられない笑顔が、消えない感触が、私の記憶を揺さぶる。
『言いたくない、です』
『言わないと連れて帰んない』
しかしお兄さんが甘やかすから、私は安い希望を見出す。
『すぐに言います!』
ぴょんと跳ねるように受け入れると、久住さんは妖艶に笑った。その笑みが色気たっぷりで、キュンとした。
『おまえ、やっぱ頭悪いな』
けれども彼が聞かせる言葉は大体不穏だ。
『どうしてですか?』
『悪い男に身のうちを晒すんじゃねえよ』
『おにいさん、悪い人なの?』
『良い人間じゃねえよ』
そう。久住さんは最初に教えてくれていたのだ。
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