第4話

その裏で私は焦る。何故、どうしたんですか、などと、面倒且つうざいことを聞いても良いのか。


「お前さ、一昨日俺が言ったこと覚えてる?」


さては悩む私も理解しているのか、久住さんが切り出した。


「もちろん、もちろん覚えています!」


何度も復習した私が威張る。久住さんは鼻で笑う。対面することを許されて向き合う。緩められたネクタイが、こんなにも攻撃力が高いなんて久住さんと付き合って知った。前の人には特別な感想を覚えなかったからだ。


久住さんの口元が持ち上がる。私にとってこれ以上のご褒美はない。


「復唱してみ」


「明後日会える、です!」


「だったらなあんで居ないわけ」


「久住さんの返事が」


「返事が、なに」


起伏のない、フラットな声だった。


「待ったんですよ!でも、返事が届かなかったので、予定は流れたんだって。きっとお仕事が入ったんだって勝手に解釈させてもらいまして」


「へえ」


「あ!別の用事かもしれませんね。久住さんの会社はホワイトだから残業はほとんど無いし、もしかすると飲み会の予定かもしれませんし、ほかにも」


女の人と会われたり、を消して、もにょもにょと口ごもる。


「他にも、なに」


久住さんが笑顔で詰め寄る。しかし、そろそろスマイルの単価が値上がりしそうなので、やめて頂くと非常に助かる。


「なんでもないです、なんでも……。つまらない妄想を聞いても無意味なので、終わります」


多分間違いだ。答えは明確に提示されていないのに分かってしまう。別れ話が始まる予感がして、しゅんと萎れる。


「なあ、羽仁」


「はい!なんですか!」


「無理なら会うの無理って言うでしょ、俺は」


「……(確かに、)」


もう一度見上げる。挑発的な流し目を送られて心臓が苦しい。


言ってみろ、と、言われているようで。


「久住さん、振られるんですか、私」


恭しく尋ねると、久住さんは破顔した。


「いつ別れ話になったよ」


「違うんですか?」


「羽仁が別れたいなら別いいけど」


「嫌です!絶対やです、別れません!」


「だよな」



私の回答に満足したのか、久住さんは頷いた。


安心していると顎に手を添えられ、上を向かされる。落ちてくるキスは福音を鳴らす。小鳥のように啄まれて、下唇を食まれ、深く覆いかぶさってくる。


唇だけじゃなく舌が擦り合わされる。久住さんによって呼吸が乱される。声が漏れる。背中がつらくてドアに凭れる。久住さんが支えてくれる。


口から漏れる吐息よりも、私の内側で鳴り響く拍動の方がうるさいという自信がある。


服の中に手を差し込まれ、行為の始まりを感じた。


決して甘いものではないと知っていて、私は求めに応じる。


「く、久住さん、ベッド、行きませんか」


「面倒」


私の願いは一言で棄却された。簡単にブラジャーのホックを外され、服をたくし上げられる。


「ここで、するんですか」


「羽仁は嫌?」


「嫌というか、恥ずかしいです」


いま、この状況も恥ずかしくて胸を手で隠した。久住さんは息を吐き出し、私の手を両方拘束してドアに押し付ける。


「じゃあ、外でしよっか」


恥ずかしいからやめてくれる、などという甘ったれな考えを、どうして私は持ってしまうのか。


「ちが……、こ…ここがいいです」


「声、我慢しなよ」


「……っ!む、むりです、」


「頑張って」


「……(ずるいー……!)」


久住さんは私の願いを高額な笑顔で買い取る。



玄関先で抱かれた。


抱かれる、とは齟齬がある。抱かれてなどいない。一種のお仕置だ。久住さんが好きなように繋がっただけ。

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