第3話
しっかりと女子会を楽しみ、2人と別れて帰宅した。遠回りして、久住さんの家へ迂回しようかなと邪な気持ちも芽生えたけれど、それをすれば本格的に嫌われてしまうのでやめておく。
今日、連絡してもいいかな。
ほろ酔い気分の夜道っていうのは何故かご機嫌になるので、馬鹿な思考が生まれる。今LINEをみて既読がついていなければブロック説が濃厚なので、恋人のトークルームを開けない。
イコール、連絡できないという現実が浮き彫りになる。
せっかく良い方向に向かっていた機嫌が、流れ星を撃ち落としたみたいに萎れた。
ちなみに家に帰ると、久住さんと一緒に食べるはずだった夕食が待っているというサービス付きだ。
女子会に行くまでに時間に余裕があったので、かなりの量を作ってしまったのだ。
白状すると、久住さんが来るかもしれない日は毎回作りすぎてしまう。
あのご飯は明日の朝食と夕食になるのだけど、処理作業が案外負担になる。誰か一緒に食べてくれる優しい人は居ないだろうか。
「(よし、あの角をまがって最初に出会う人が女の人だったら、お風呂あがって、久住さんに連絡する。男の人だったらお兄ちゃんかお姉ちゃんに連絡する)」
ご機嫌な私の脳みそは、ある賭けを提案した。
そうと決まれば、善は急げだ。私の背中をブーツの音が早急に追いかける。
しかしながら思いつくのが遅すぎて、誰にも会わないままマンションにたどり着いてしまった。馬鹿だ。飲みすぎたせいで、思考回路の栓がゆるゆるになっているらしい。
駄々をこねるのはやめて、現実を見なさい、と言われているようだった。
「(諦めて、連絡を待とう……)」
別れ話になってもなんとか話し合いの機会をもらって、私をプレゼンしようじゃないか。
そんな意気込みを抱いてエレベーターで五階に上がった。家の鍵を開けてドアを押した。電気が付いていた。どうやら家を出る前に消し忘れたらしい。
ああ、来月の電気代……と、軽くしっかりと落ち込み施錠する。
背後で物音が聞こえた。例によってのろまな思考は、ようやく異変に気付く。
「……え、」
私の疑問の到着よりも、背後から物理的に抱き寄せられる方が早かった。お陰で、完全に消える前に別の疑問が積み重なる。
雲を掴むような、柔らかく透明感のあるホワイトムスク。だって、この香りだって、もちろん知っている。
「く、久住さん……?」
意味の無い問いかけをする。久住さん以外に有り得ない。なぜなら家の合鍵を持っているのは久住さんだけだ。
ぎこちなく振り向いた。重たい前髪からちらりと覗く平行二重の目と出会う。寝起きだろうが仕事終わりだろうが、やる気があろうがなかろうか、久住さんのビジュアルは常に完璧だ。
「ただいまは?」
低くて色っぽい声に、誘われる。これは必然。
「た、ただいま、帰りました」
「おかえり」
さらに、耳たぶにキスまで頂いた。キスというより甘噛みに等しい。おかしい。久住さんが甘い。今までに、こんなことがあっただろうか。あるならば今日が初めてで、終わりの日だろうか。
おかしいのは認める。認めた上で、こうなってしまえば甘える。体に回された久住さんの腕を掴んだ。幸福で空っぽな体が充満されていくのを感じた。
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