第2話

「あるでしょ。前回は何で泣き言言ったかおぼえてる?」


「なんだったっけ?」


宝良ちゃんの目から、1ミリも手を緩めない意志を感じ取る。


「LINEの画面が見えて、その人誰ですかって聞いたら、めんどくさ、て言われてホテルから追い出されたって言わなかった?」


「そんなことあったかな〜」


「その前は、女と路上ハグ現場を目撃して次の日寝込んでた」


「あれはね、介抱していただけらしいから気にしてないよ!」


「さらに前は、居酒屋で彼氏の合コンらしき現場に出くわした」


「そうだったかな〜……覚えてないや!」


「あとは……」


つらつらと出てくる過去の私の泣き言に、現在の私はすべて惚ける。


ちなみに覚えていないなんて嘘だ。残念なことに、仔細なことまで全て覚えている。久住さんとのやりとりを忘れるなんて由々しきことだ。


ちなみに、ホテルから追い出されたのではなく、めんどい、を肌で感じとった私はいたたまれなくなって、大学の課題を言い訳に自主的に退散したのだ。路上ハグを見て寝込んだ話も本当だ。そして合コンは会社の飲み会とその場で説明された。真偽は不明である。



そんな私を見て、宝良ちゃんは呆れる。


「そもそも恋人に対する扱いじゃないのよ」


「久住さんの性格上仕方ないんだよー!」


完全に解釈違いである。水掛け論に時間を費やす趣味はない。さらに言えば、この三年、ずっと同じことで言及されている。


宝良ちゃんは盛大にため息を落とすと、スマホを取りだし、電話の動作をとる。


「あ、もしもし乃詠のえ〜。今日来なくていいよ、いつものだから」


「ねえ!勝手にのんちゃん追い払うのやめて!?」


スマホを置いた宝良ちゃんは、ビシッと人差し指を向けて目に力を込めた。


「あのねえ、この際だから言うけど、あんた大学の三年間、あんな男に棒に振ってるんだよ?残りの一年もこのままでいいの?」


「棒に振ってないよ、超潤ってるよ」


「あのクソ男よりはるかに良い男に告られても、(私を大事にしてくれないクソ)彼氏がいるから、ごめんなさい〜♡って断るの?……え、馬鹿なの?」


「ちがうもーん。久住さんもいいおとこだもーん」


「じゃあ言わせてもらうけど。さっき言ってた“明後日”って、今日のことでしょ?会う予定があったならなんでここに居るのよ。どこが相手されてるのよ、完全に遊ばれてるだけじゃん」


宝良ちゃんの言葉は、新しく出来た傷に効果抜群だ。絆創膏を無理やり剥がし、抉る。だから黙った。こういう時は黙るほうがいい。


「ほらね。何も言えないでしょ。いい加減、別れるか振るか自然消滅するかしなさいよ」


「別れる以外の選択肢をください!」


「羽仁の友達として言ってるの。どうも思ってないなら石を穿つためにケルヒャーの洗浄機で援護するわ」


「宝良ちゃん……」


私は宝良ちゃんのことが大好きだ。それから、久住さんのことも大好きだ。でも、宝良ちゃんは久住さんのことが大嫌いだ。


以前宝良ちゃんに、久住さんのビジュ優勝写真(隠し撮り)を見せたら“かっこいいけど、女殴ってそう”とだけ言った。一度も殴られたことは無いので、これは完全に冤罪だ。


大嫌いと大好きのマリアージュは不可能だ。大好きになってもらうことも、どうやら見込めない。


だからお互いのためにも、動線は見極めた方がいい。ここを超えると危ないですよ、をきちんと分かっている。何故なら宝良ちゃんとは、7年の付き合いになるからだ。


だからのんちゃんを待っていたのに、乃詠と二人で飲むけど羽仁も来る?と誘われて即頷いたのだけど、待つ時間さえ不安で押しつぶされそうな気持ちを抑えられず、私は動線をえいやと超えてしまった。不徳の致すところだ。


「やっほ〜おまたせ〜」


待ち望んでいた女神が到着する。私のテンションも上がる。


「乃詠ー、遅かったね」


「今日のおじなかなか帰してくれなくて超困ったよ〜、時間ギリギリまでホテル居た〜」


「またかよ。稼いだ金ホストに注ぎ込むのも程々にしなよ」


「ふふ、分かってるよー。それで、私の愛しの羽仁ぃはどうしたのかな〜」


「のんちゃん!聞いて!」


「はい最低〜」


「まだ何も言ってないよ!」


のんちゃん、宝良ちゃん、それから私、いつものメンバーで過ごす華の金曜日は楽しくなるはずなのに、私は表向きにしたスマホばかり気にしている。


分かってる。分からない。分かりたくない。


三つがぐるぐると、永遠に捕まらない追いかけっこをしている。

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