第9話
それから一週間。アーサーは悶々としていた。端から見ていてもよく解る。どこかかわいいと思いながらも、この先何が起こるか知っているとやっぱり複雑な気持ちになる。
「アーサー、この前のことやっぱり気にしてる?」
「い、いや…。」
「私に嘘はつけませんよ。端から見ててもわかりますし、その…私も変なことを聞いてしまいましたし…。」
「その…アナスタシアは…好きな人とかいるの?」
「…正直、そういうのがよく解ら無いんです。」
恋愛的なものとは無縁だったこれまでの人生。だから今まであまり考えてこなかったし、これからもそんなことは無いだろうなんて思っていた。まさか一番近くにいる存在がそう思ってくれていたとは…気がつかなかった。
「まぁでも、アーサーのことは友達として好きですよ。」
「…そっか…。」
なぜかアーサーは尚のこと頬を赤く染める。まあ、無自覚の女たらしが悶々とする様子を見るのは嫌いではない。
「ただ、私思うんです。これから先の人生について。」
「随分とまた壮大だね。」
「私以上の人って、案外その辺に居ますのよ?」
「そんなことは…ないと思うけど。」
「…まぁ…何が言いたいかっていうとアーサーはもっと他の人とも関わりを持ってみてはどうです?ほら、女友達が私だけって言うのはどうかと思いますわよ?」
「そ、そうなのかな…?」
「ええ、私に影響されるって言うのは良くないと思いますの。」
自分で言うのもなんだが、ここ最近、人知を越え始めてきた自覚がある。そんな人とだけ関わりを持つのはすごく良くないと思う。
「アーサーはもっといろんなものを見るべきだと思うわよ?そのなかで、大切なものを決めたら良いわ。」
少なくとも、今のアーサーの世界には私しか居なかった。そんな状態なら盲目になってもおかしくない…。
「いろんなものを見たなかで…大切なもの…。」
ふと、アーサーの声が落ち着く。そうしてアーサーは続ける。
「ありがとう。アナスタシア。やっぱり、君はすごいよ。」
「い、いや何となくそう思っただけですわ。」
言えない…アーサーの心理世界を覗き込んだなんて。
「僕はさ…アナスタシアに助けられてばかりで…追いつけなくて…でもさ、どこかそれで良いんじゃないかって思ってた。」
「と、言いますと…。」
「君も気づいている通りさ…僕はアナスタシアのことが好きだ。」
解ってはいたが言葉にされると緊張してしまう。
「好きだからこそ…君に負けるのはしょうがないと思っていた。でも…それって言うのは逃げなのかもしれないって今君に気づかされた…ありがとう。アナスタシア。」
アーサーもアーサーで色々悩んでいたようだった。
「スッキリしたなら、私としてもよかったわ。あの調子のアーサーじゃ、剣術だって本気になれないもの。」
「僕ももっと、いろんなことを知りたい…いろんなものをこの目で見てみたいよ。」
「そうね…今は旅に出るのとかは難しいかもだけど…10歳になったらいろんなことが出きるようになるわよ?」
「そうだね。そしたら少し君とは離れてしまうかもしれないけれど…そこで色々経験するのはアリだね。」
「まあ、どうするかはアーサー次第よ。」
「旅かぁ…。」
少し、間をおきアーサーは答えた。
「決めた。僕、旅に出てみることにするよ。」
「私は賛成ですわよ。アーサー。」
「ちょっと離ればなれになるかもしれないけど…。」
「でも、アーサーも目指してるんでしょ?あの学園。」
「ああ、もちろんだよ。アダーラ王立学園…。」
自分のなかで色々繋がっていく。そう言えば作中でのアーサーも、一時期は剣しか見えていなくてもっと他のことを体験しなさいって師匠から言われたらしかった。
その役割を担ったのが…私。物語の本筋はでき上がっているみたいね。
アダーラ王立学園…そこは貴族、庶民関係なく勉学に励める場所である。そして、あのゲームの舞台でもある場所だ。
気配こそないが、話の流れでは私が破滅するエンドへと向かっている。
「色々なものを見て…経験して…2人でそこで再会しましょ?」
「なんか…今から別れみたいじゃないか?」
「いいのいいの。こういう約束はきちんとしておかなきゃ。」
―――――それから…月日が過ぎていくのは早かった。
アナスタシア·アーバスノット。10歳。
アーサー·ゴドウィン。10歳。
まだ若いながらも、剣の腕は一流。アーサーとアナスタシアは互角に打ち合っていた。
「やっぱり強いね。アナスタシア。」
「アーサーだって…昔よりも強い。」
ここ3年で私たちは急激に成長した。アーサーの剣はより速く、鋭く。アナスタシアの剣はより重く、堅くなった。
お互いに1歩も引かない。アーサーはアナスタシアの剣をいなし、アナスタシアはアーサーの剣を受け止める。
「正直、僕の速さについてこれるのがもう驚きだよ。」
「アーサーだって私の剣をいなしてるじゃない。」
子供らの戦いとは思えぬほどのぶつかり合い。純粋に剣を楽しむもの同士のしばしの別れにして、最大の語らい。
呼吸も乱れぬ、見事な打ち合いがそこにはあった。
2年間、握られた剣。あれ程綺麗に見えたその剣は今となっては少しボロい。それでも主達の声の代わり、ペンの代わりになって役目を果たしている。
その光景は誰が見ても綺麗だと言うだろう。舞踊にも近いかもしれない。あるいは、2人にとっての舞踏である。
無邪気に剣を握り、戯れる。そんな光景はその日が暮れるまで続いた。
丸1日、2人は剣で語り合った。勝敗などどうでもよく、それは純粋な子供の遊びであった。
そうして、存分にそれを楽しんだ2人は地面に寝転び思い思いに語る。
「いやぁ…なんか久しぶりに疲れたわね。」
「そうだね…なんだか初めてアナスタシアの剣を受けたときのことを思い出すよ。」
「なんだか実感無いわね…お父様とまともに打ち合えるって言われても。」
「シーザー様は強いからねぇ。何てったって大戦の英雄だよ?」
「すごいわよねぇ………私たちの師匠…お父様の師匠でもあるのよね?」
「そう言えばそうだったね。」
「とんでもない人に稽古つけてもらってたのね…私たち。」
今更ながらそんな事実に気がつく。そんな他愛ない会話。そして…静寂。
なかなか言い出せなかった言葉を…ようやく形にする。
「明日から…行っちゃうのよね。」
「まあ、決めてたことだし。」
「なんだか言い出したのは私だけどちょっと寂しいわね。」
「はは、その言葉が聞けて嬉しいよ。」
今日と言う日でアーサーとはしばらくの別れである。3年と言う月日。早くも感じたし…長くも感じた。
「きっと…また会えるわよね。」
「どうしたのさ。」
「ちょっと…ね。」
不安だった。転生した事実に気がついてから、なんでも出来そうな気がしていた。だからこそ、今、初めて感じる不安。
「なんか…アナスタシアが不安になってるの初めて見たかも。」
「まあ…そうでしょうね。」
「大丈夫だよ。僕は約束は守るから。」
「信じてるわよ。でもそうじゃないの…。」
なんと言うのだろう…本当に言葉に言い表せないような…孤独感。
「そうだね…だったら…。」
そう言ってアーサーは起き上がる。
「これを…預かっててほしいな。」
そう言って差し出されたのは、アーサーの剣だった。
「また2人で再会したら、お互いの剣で打ち合おう?」
「…うん!」
そうして…私はアーサーの剣を預かることとなった。2年間…私たちを支えてくれたなまくら。ずっと握ってきた初めての剣。鈍い色になったアーサーの剣を見る。
どこか…不安は和らいだ。だけどやっぱり、寂しいものは寂しい。
「アーサー…また6年後…。」
「うん…また6年後…。」
夕暮れ時の夜空は綺麗で、でもどこか切なくて。永遠と言うわけではないとわかっていても、自然と涙はこぼれてきて。
アーサーはそれを優しくぬぐってくれた。
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