第8話

 その日、私、アナスタシアが見たのは幼い頃の夢だった。母と父…それから私。

 私たちは3人家族だった。そんなある日、母は倒れた。

 それが3歳の頃。なにがなんだか解らなくて泣き出した記憶がある。そこから2年は母に会う機会も減った。弱っていく母を見たくなかったのかもしれない。


 そうやって寂しいまま…私は母と永遠の別れをすることになった。残ったネックレスが怪しく輝いていた。


 そこで目が覚める。久々に見た母の夢に私は涙を流していた。まくら元を見ると昨日のあの箱がおいてある。ふとそこから取り出し、ネックレスを見つめる。


「闇魔法…私たち家族にとって呪いみたいなものだったのね。」


 色々と納得がいった。アナスタシアが破滅したのはこの魔石から力を解放して闇魔法を扱っていたからだ。


「私がこの魔石を使わなければ…破滅することはない。」


 なら今までの努力は?私の野望は?全部が無駄になることになる。


「破滅…いい響きじゃない…。」


 そう呟いてみる。別に破滅を望む訳じゃない。私の思うアナスタシアちゃんならどうするか。その答えは悪魔だろうが使う。


「きっと使いきれなかったのよね。」


 そう言ってネックレスを付けてみる。普段通り、身体中に魔力を回す。それに意識を割いていると気がつくことがある。ネックレスの…それも悪魔石の部分だけぽっかりと穴が空いていた。


「悪魔ねぇ…。」


 知への探求と言うべきか、それともこれからの第一歩と言うべきか。その空っぽを満たすように魔力を注ぐ。

 これから私がするのは多分…悪魔の契約と言うやつだ。

 あまりにも膨大な量の魔力を回し、ようやく底が見えた。それをさらに自分に向かい循環させる。私と魔石を繋ぐように。1つのものとなるように。


 やがて…私の魔力回路は構築される。今まで使ってきた、人の身体だけのものではない。魔石も含めた大きな魔力回路。


「やれば出来るわね…私…。」


 朝からどっと疲れがわいてきた。闇魔法を扱うと言う感覚が解った気がする。


「アナスタシア様、入りますよ。」


 そう聞こえたのはいつもよりも朗らかなアンの声。


「いいわよ。」


「失礼します、アナスタシア様。」


 入ってきたとたん、その顔は少しこわばる。


「アナスタシア様…何かしました?」


「アン、解るの?」


「魔法は多少かじっておりましたから…。」


「教えて。アンには私がどう見えているの?」


「その…なんと言いますか…強大であるとしか言い表せませんが…。」


「ほう…強大。」


「アナスタシア様、完全に悪巧みの顔ですがなにをする気ですか…?」


「いやぁ…闇魔法の使い方、解っちゃったかなぁって。」


「はぁ…敵いませんね。人前で使うのはよしてくださいよ?それはここでは異端ですから。」


「解ってるわ。少なくとも―――――。」


 その瞬間、アンに意識を飛ばす。心に働きかける魔法…なら相手の内くらい読める―――――。


「私にも、お止めください。」


 そうきっぱり言いきられ、私の意識は弾かれる。な、なにも見えなかった。扱いはまだまだね。


「…はい、ごめんなさい。」


「闇魔法を使っていると言う時点で、使い方が良いも悪いもないんですから。」


 闇魔法…悪魔寄ったものが扱う魔法。裁かれる対象となってしまうが…それでも私の野望は変わらない。私はこの力を使いこなして見せる。


「にしても…ありがとうね。アン。私のこと信じてくれて。」


「…今のアナスタシア様を見ていたら、当然です。」


 闇魔法…今の私はそれを手に入れた。いや、手に入れてしまった。使い方は考えなくてはならない。でもこれ対人用なのよね。だからといって「闇魔法覚えたから試させて?」なんて聞こうものなら1発アウトだし…。

 こう…違和感なく受け入れてくれそうな…アーサー…?


 毎日あっているし、そーっと覗くくらいならバレないわよね?アーサー、鈍感だし。


 そう言うわけで今日も剣術の修行でやってきたアーサー。


「やあ、アナスタシア。そのネックレスどうしたの?」


「ああ、メイドからの贈り物ですわ。」


 悪魔石…まあ一見するとブラックダイヤですからバレることはないでしょう。


「すごく、よく似合ってるよ!」


 そう言って微笑みかける。アーサーはもう少し自分がかっこいいと言うことを自覚した方がいい正直、心臓がいくらあっても足りないくらいだが…今日はいい。

 何故ならば、今日は私がアーサーの胸の内を見てやる番だからである。


「ありがとう。アーサー。」


 なんて返しながら早速、私はアーサーの精神に意識を飛ばす。

 前見た本の記述には、心とはそこが1つの世界のように映るとかいてあった。その通りで、アーサーの精神に入ったとたん、私の目の前には草原が広がった。そこにポツンと銀髪の紅い瞳の少女が…いや、あれ私じゃない?なぜアーサーの世界に私が?


 次の瞬間、感じ取ったもの…優しく…かつときめくような…。


 そうして…一旦…私は自分の意識を戻そうとして不意にその声は聞こえる。


『アナスタシア…好きだよ。』


 その言葉。意識は私に戻ったが…それでも、しばらくぽかんとしていた。


「あ、アナスタシア?ど、どうしたの?」


「い、いやぁ…何でも…。」


 何でもありますが?あの声で、あの顔で…それで何ですか?あなたの世界には私だけってやつですか?そりゃちょっと…にやけちまうでしょうが!押さえるのに必死になるでしょうが!!


 正直…今日の修行は頭が回らなかった。なんと言うか若干後悔はあるものの…いや、ない。めちゃくちゃ嬉しい。ただまあ、正直これも今のうちだけよね、とは思ってしまう。いずれ私はこの破滅を乗り越えるために国家を揺るがすような悪女になるのだ。


 いずれアーサーのその思いも消えることだろう。そうなったら主人公ちゃんとでもくっつくのだろう。まあ、アーサーにとってはそっちの方が良い未来なんじゃないだろうか。


「ねぇ、アナスタシア?」


「ど、どうしたの?」


「やっぱり今日、ちょっと変だよ。どうしたの?」


「い、いやぁ…。」


 どうする?ここで本当のことを言うか…はぐらかすか…いや、はぐらかしたとしても無駄だろう。


「なんと言うか…アーサーって私以外の女の子とは会ったりしませんの?」


「会わないね。大体アナスタシアだけだよ。」


「そうですか…。」


 いやいや、なに私高校生の甘酸っぱい青春みたいなことしてるの?絶対に質問間違えた!もう変なこと言えないし顔が熱くて…ちょっと死にそう。


「アナスタシア…?」


「あ、アーサーって…好きな人とかは…?」


「!?」


 不意にそちらを見る。赤い頬を見れば明白である。いるのだ…私なのだ。だが…だからと言って私は…駄目だ。


「ご、ごめんなさい。アーサー。変なこと聞いてしまって。私もういきますわね?」


「え、あ…。」


 そう言って走り去る。駄目だ恥ずかしすぎて死んでしまいそうである。明日からの修行もあるのに何てこと聞いてるんだか。本当…本当に…バカだった。


 その日の夜のことである。


「アナスタシア様。」


「あぁ、アンね…。」


 アンは私の部屋に入ってくることはなかった。


「どうかなされたのですか?」


 アンも大人の女性と言うことなのだろう。


「アーサー…私のこと好きだった…。」


「…よかったじゃないですか。」


「よかったとは…思うのよ。よかったとは…。」


「ならどうして…そんなに悩んでらっしゃるのです?」


「だって私…いずれはこの破滅を乗り越えるためにこの国を敵に回すかもしれませんのよ?そんなの…ねぇ?」


「…アナスタシア様…そこは多少、傲慢なあなたになってもよろしいのではないですか?」


「傲慢な…私…。」


 かつてのアナスタシアちゃんのように…。


 私は…アーサーのことが好き…なのかな…?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る