第7話
私、アンは思うのです。アナスタシア様は変わったと。
エカテリーナ様の忘れ形見であるアナスタシア様。髪も瞳も、エカテリーナ様によく似て美しい。それでいて端麗。しかし、彼女は傲慢でした。
生前、エカテリーナ様はよく「
しかし、アナスタシア様は変わられた。
大きな野望を持っていた、あの時のエカテリーナ様のように。血とはここまで似るものなのだと改めて実感しました。故に私は思ったのです。この形見のネックレスを渡してもいいものなのかと。
あまりにもアナスタシア様の野望は深い。
かねてより、渡す予定だったこのネックレスをアナスタシア様に渡すのが怖くなったのです。
自室のドレッサーの中に眠っている黒く輝くあの魔石。エカテリーナ様の家に代々伝わってきたもので、御守りのようなもの。エカテリーナ様の祖先はあの魔石を使い一族の富を築いた。しかし、あの魔石には代償も存在します。その代償とは力を引き出した所持者は莫大な力を得る変わりに破滅の呪いにかかると言うもの。
歴史上、あの魔石の力を解放したものは数えるほどしか居ないと聞きますが、今のアナスタシア様はきっと簡単に解放してしまうでしょう。いや、アナスタシア様であれば昔のままでも解放できていたかもしれません。
昔のままのアナスタシア様であれば私も時を待たずして渡していたかもしれない。しかし、今となっては嫌だと思ってしまうのです。アナスタシア様があの力を自身の野望のために使おう物なら…ただ破滅するだけでは済まないでしょう。もっと、酷い結末が待っているかもしれない。
そんなことを予想していました。
そんな考えが渦巻く中。雑務をこなしている途中、ふとアルフレッド様、アーサー様と共に居るアナスタシア様を見つけたのです。
ちょうどそのとき、アナスタシア様は自身の魔力の扱いをお二方に見せている最中でした。
アナスタシア様が目をつむったその瞬間、わかったのです。ヒリつく空気が。彼女の魔力に飲まれる感覚が。
「…綺麗…。」
そう声をこぼしてしまいました。
私はなにか…誤解していたのかもしれない。或いは…アナスタシア様は自身の結末を知っているのかもしれない。だからこそこうして毎日鍛練に励み、毎夜勉学に励んでいる。
日を跨いでも図書館に籠りきっていたこともございました。
どこか、私のなかで全てが繋がっていくような気がしました。同時に理解しました。私は傲っていたのだと。アナスタシア様は既に、この悪魔に値する存在なのだと。
―――――そうして今に至ります。私は今、その箱を抱えアナスタシア様の部屋に来ています。
「アナスタシア様…大切なお話があります。」
「大切な話…ですか?」
「ええ、エカテリーナ様からの遺言と形見についてです。」
「お母様からの遺言…。」
エカテリーナ様は3年前、病気によりこの世を去りました。なくなるその瞬間までシーザー様にはこのネックレスのことは口にしませんでした。
『
そう言って差し出してきたのが黒い箱に入ったこのネックレスでした。
噂には聞いていたネックレス。だけどまさかこんなところで見つけるとは思いもしませんでした。
『これを…あの子に託さなきゃいけないこと。ごめんなさいと伝えておいて…少なくとも、あなたが安心した時に渡してもらって構わないわ。』
このネックレス…エカテリーナ様も気づいておられたのでしょう。アナスタシア様ならば解放しかねないと。
「アナスタシア様…私は貴女を信じております。」
「…。」
「エカテリーナ様より、こちらを賜っております。今の今まで、私は貴女にこれを渡していいものかどうか悩んでおりました。ですが、今日のアナスタシア様を見て確信しました。アナスタシア様は真っ向から己の運命を打ち破れる存在だと。」
そう言って、私はその箱を差し出す。ゆっくりと、その箱を開けたアナスタシア様は驚愕する。
「これは…!」
「エカテリーナ様の一族に代々伝わる…悪魔石を使用したネックレスとなります。先祖代々管理するようにと…そう賜っております。」
「ネックレス…それと…これは…。」
そう言って取り出したのは、1枚の紙。
「これは………お母…様…!」
直筆の手紙を入れていると、エカテリーナ様はおっしゃっていた。みるみる、アナスタシア様の表情が変わっていく。驚愕の表情から、涙腺が緩み…涙が頬を伝っていく。
『ターシャへ
心配をかけてごめんね。私が病気になったばかりに寂しい思いをさせているでしょう。何より、私からの最後の贈り物がこんなものになってしまって本当にごめんなさい。だけど思うの。アナスタシアならなんとかなるんじゃないかって。漠然とした理由だけど、私はそう思っているわ。
お転婆な貴女のことをもっと見ていたかった。貴女の成長する姿をもっと見ていたかった。
本当に…駄目な母親でごめんなさい。それでも、貴女のことを愛しているわ。思いが届かずとも、声が届かずとも。
エカテリーナ·アーバスノット』
「お母様…私は…私は…!!」
大粒の涙を流し号泣するアナスタシア様。どれだけ強かろうとも、彼女はまだ8歳である。エカテリーナ様が亡くなられた頃よりも少し大人になり、その死と言うのを理解したのだろう。
「アナスタシア様…。」
その姿を私は見ていることしか出来なかった。数十分程経ち、アナスタシア様はようやく落ち着いたようだった。
「アン…取り乱してごめんなさい…。」
「いいんですよ。まだアナスタシア様は幼いんですから…。」
「このネックレス…お母様が私に託してくれたものなのよね。」
「はい…ですがそれは―――――。」
「わかってるわ…上等よ。」
やはり思い知る。
「アナスタシア様…わかっていらっしゃるのですね。それがなんなのか。」
「悪魔に見いられようとも…私は私よ。」
アナスタシア様の目には決意が宿っていた。そのネックレスを手に取り、つける。プラチナのチェーン…細かくあしらわれたダイヤ。小さいながらも確かな存在を放つ悪魔石…幼い彼女が身に付けたと言うのに…。
「…お美しいです…アナスタシア様…。」
「破滅なんかに屈しないわよ。私は私の野望を叶える。」
復讐とも違う…しかし、それ程までに強い意思。アナスタシア様にはいったい何が見えているのだろう?
私には皆目見当も付かない。だけど、私はもう決めてしまった。
「…アナスタシア様。私は願わくば、あなたの専属メイドになりたいと思っております。クレアにも今日、話を付けてきました。あとはアナスタシア様次第です。」
なにがなんでも私はアナスタシア様にお仕えするのだと。それこそ、エカテリーナ様に対する最大のお礼なのだ。
「アン…貴女はお母様のことをずっと気にかけてくれた。余所者と言われたお母様のことを。私はそれが嬉しかった…アン、明日から私専属のメイドとしてよろしくお願いするわ。」
「…はい!」
懐かしいものを感じる。あれはどれ程前の話であろうか。
ふらふらと大陸に流れ着いてしまった私。たった一人で行く宛のなかった私をエカテリーナ様は拾ってくださった。
それ以来、エカテリーナ様に仕えてきていたが…この娘にも確かに、貴女の…高潔なあの人の血が流れていると思い知らされました。
あの日の貴女と同じように、アナスタシア様の胸元で光る宝石を見て思う。いったい誰がこんな美しく、真に黒い宝石を悪魔と呼んだのだろう。
貴女によく似て美しい方になられましたよ。エカテリーナ様。
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