第5話
その日、僕、アーサー·ゴドウィンはとある人物と出会うためにアナとの修行をお休みしていた。
机に突っ伏しその人物を待つが、そいつと言うのはどうも時間にルーズでまだ来そうにない。
そんな中でふと思い浮かぶのは、アナスタシアの存在であった。白銀の髪に紅い瞳。華奢な体躯とは裏腹にパワフルで底抜けに明るくて…優しくて。僕よりも物知りで…勝てる要素が何一つ無い…。
でもまあ別に勝とうっていう気はなくなった。
先日、帰り道で回復魔法をかけるために握ってくれた手。あの時の彼女の顔が離れない。
ふと、手のひらを見る。あれだけ痺れてまともに物も持てなかったのに、今やあの時の温もりだけが残っている。
父からはわがままな子だと聞かされていた。メイドたちもずいぶんと苦労していると。正直、直接会うまでは身構えていた。なんなら嫌だった。社交辞令だとしても今後付き合っていくのが。
だけど今となっては、僕は少し―――――。
「アーサー!入るぞ!!」
と、その時扉の奥から無邪気な声が聞こえた。今日はやけに早いな。
「あぁ、構わないよ。」
扉の向こうから入ってきたのは青い髪の少年。名前はアルフレッド·サフォーク。幼い頃からの友人で今日は久しぶりに会うことになっていた。
「久しぶりだな、アーサー。」
「ああ、久しぶり。アル。」
「ん?どうした?なんか元気無さそうだけど?」
「え?そ、そうかな…?」
「あ、もしかして…最近噂のあの子?」
「噂?」
「知らないの?アーバスノット子爵の娘の話。」
「アナスタシアがどうかしたのか?」
「どうかしたのって…わがままで有名じゃないか?最近よく絡んでるんだろ?それで元気がないのかと。」
「アナスタシアはそんなわがままじゃないよ。」
「え?そうなの?」
「ああ、努力家で博識で…色々とすごい子だよ。」
「えぇ、信じられないな。」
まあ、確かに僕も会ってみるまではわがままな子だとばかり思っていた。だけど全然そんなことはない。
「アルも1度会ってみたらわかるよ。」
「そっかぁ、じゃあ次会うのっていつ?」
「え?あ、あぁ。明日だよ?」
「明日!?どうしてまたそんな。」
「一緒に剣術の修行をしてるんだ。」
「剣術かぁ…すごいなぁ。俺なんて全然できねぇよ。」
なんて笑って見せる。
「だけどアルは魔法の才能があるじゃないか?」
「まあねぇ。でも、案外簡単だよ?」
「アルのその感覚っていうのは僕には全くわからないな…。」
「大丈夫大丈夫、全然普通に使えるようになるから!」
「全く、アルと言いアナスタシアと言い、どうしてそんな簡単に魔法が使えるんだよ…。」
「そのアナスタシアって子も魔法が使えるの?」
「ああ、回復魔法を使えるみたいだぞ?」
「回復魔法か…なかなかやるみたいだね。すごく興味がでてきた。」
無邪気だったアルの目付きが変わる。普段は子供っぽいけどその実、アルと言うのは周りがよく見えている奴だ。興味を示したということは…。
「明日、ついていってもいい?」
こうなるということだ。
「まあ、僕は構わないよ。」
「やったね。じゃあちょっと話してくるよ。」
知識に貪欲な辺り、アナスタシアとよく似ている奴だ。だけどアルはもっとこう、底がない。
―――――そうして次の日、僕とアルはアナスタシアと面会していた。
「あ、アーサー。そちらの方は…。」
「アナスタシア様、お初にお目にかかります。僕はアルフレッド·サフォークと申します。以後お見知りおきを。」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。アナスタシア·アーバスノットです。」
やはりアナスタシア緊張しているようだ。
「急にアルが君に会いたいっていうもんだから…ごめんね?」
「いえ、よろしいのですが…どうしてまた急に…?」
「アナスタシア様は魔法を扱えると耳に挟みましたので是非とも会いたいと思いまして。」
にしてもアル…キャラ変わりすぎじゃないか?完全に品定めをする奴の目だ。そしてアルが敬語をきちんと使っているということは、それだけ警戒されているということでもある。
「ま、まあ多少回復魔法は…。」
「回復魔法ですか。魔力を扱う様子だけで構いませんので、少し様子を拝見しても?」
「え、え?」
「すまないね、アナスタシア。アルって興味を持ち始めたら止まらなくて。」
「なるほど、構いませんよ?」
そう言ってアナスタシアはいつものように微笑む。アナスタシアが魔力を扱う姿と言うのは僕も初めて見るかもしれない。
その場にたたずみ、目をつむるアナスタシア。その瞬間空気が変わったのがわかった。
「…これは…。」
アルはなにか気がついたように呟く。素人の僕でもただ事ではないのがわかった。ふと、アルのほうを見ると無邪気に目を輝かせている。いったい何が起こっているのか、僕にはさっぱりだ。
「こんな感じでよろしかったでしょうか―――――。」
「すごいな!アナスタシア!!俺、こんなの見たことねぇよ!!」
そう話すのはアルであった。何がどういうことなのか全くわからない。何よりも、一瞬で打ち解けたことに驚きだ。
「あ、アルフレッド様!?」
「あぁすまないね。ちょっと初めて見るもんだったから。同い年でそこまで魔力を扱えるのが俺以外に居るとは思えなかったし。」
「アル、素人にわかるように説明して…?」
僕には何がなんだかわからなかった。
「アーサー、おまえも感じたろ?アナスタシアが目をつむった後から空気が変わったこと。あれが魔力だ。」
「な、なるほど。」
「問題は、空気が変わるほどの魔力を扱えるってとこだ。少なくとも同年代でそこまでできる奴を俺以外知らなかった。でもさ、それを軽くやってのけたんだぜ?すげぇよ!アナスタシア!」
「何て言うか…とんでもないことだけはわかった…。」
「そうだよ、とんでもないことなんだよ!!」
完全にスイッチが入ってしまった。この状態のアルは僕には止められない。天才なんだか馬鹿なんだか…。
魔法理論だとか宗教観念だとかそんな話されてもついていけるわけ無いって言うのに。
と、そう思っていたが案外2人とも話が盛り上がっている。端から聞いていたら何がなんだかわからないが、2人とも楽しそうで何よりだ。若干僕のおいてけぼり感は否めないが。
「いやぁ、ここまで専門的な話ができるのもアナスタシアだけだよ。」
「アルフレッド様もなかなか物知りですわね。」
「どうだろう、アナスタシア。俺と一緒にもっと魔法を学んでみないか?」
その言葉に少しもやっとする。もっと言うと不安になる。
「お言葉は嬉しいのですが…生憎と今は他にやりたいことがありますので。」
「あらら、振られちゃった…因みにそのやりたいことっていうのは?」
そう聞かれ「うーん…。」と考え込むアナスタシア。しばらくして僕とアルの顔を交互に見て、一言発した。
「秘密ですわ。」
「秘密か…やっぱり君はかなり野心家な人なんだろうね。見据えている目が違う。」
「見据えている目ですか…?」
「ああ、俺よりもアーサーよりも…もっと遠い未来のことを見ている気がする。じゃないと、今のうちからこんなに努力なんてしないだろう?」
「ふふっ…アルフレッド様も聡明な方で。」
そうやって笑いかけるアナスタシア。少し、アルフレッドに嫉妬しそうになる。
明らかに…僕と言う存在はアナスタシアを意識し始めている。1年も一緒に居るのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
「さて、アーサー。今日も剣の修行、頑張るわよ?」
「う、うん!」
小声だがアルフレッドの呟きを聞き逃すことはなかった。
「ったく。アーサーもわかりやすいな。」
その声に少し顔が熱くなった。
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