第4話

 ここ最近、うちのメイド達の間では私が変わったとの話題で持ちきりだった。頭を打ったのではないか?だとか、悪魔に取りつかれたのか?だとかそんな噂話が渦巻き、中には気味悪がっているメイドもいる。

 そりゃそうだろう。だってついこの前まで傲慢だった少女は今や努力家となっているのだから。


 そんな生活が1週間と過ぎ…1ヶ月が過ぎ…私が前世の記憶を取り戻し、1年の月日が経った。

 私とアーサー、2人は見違えるように成長した。とは言え外見の変化はほとんど無いが…それでも体力は飛躍的に向上。あの地獄のメニューさえ、今となっては涼しく感じる。


「2人ともなかなか仕上がってきたの…どれ、1つ剣でも握ってみるか?」


 その日、師匠からその言葉が出てきたときは2人とも飛んで喜んだ。


「「いいんですか!?」」


「まあ、そろそろよかろう。多分驚くと思うぞ?」


 そうして私たちは生まれて初めて剣を手にすることとなる。軽い…驚くほどに。


「もっと重いかと思っていましたが…。」


「案外軽いのね。」


「そんなことはないんじゃがな。お主らの基礎体力が追いついた証拠じゃよ。どれ、1つ振ってみろ。」


 そう言われ、自分の思うように振ってみる。重い『ブン』と言う風切り音と共に力強く振り下ろされる刀身。それだけで認められたような気がして、それだけで強くなったような気がした。

 アーサーも同じように目を輝かせている。本当に剣が好きなのだなとつくづく思う。


「うーん、まあ初見はそんなもんよな。」


 師匠だけは、まだまだと言った表情。


「しかし2人とも初めてにしてはなかなかいい振り抜きじゃな。」


 それでもそう言って褒めてくれる。やはり、私たちには才能があるらしい。


「次に教えるべきは…型じゃろうな。」


 型…空手とかであるサンチンの型とかあんな感じだろうか?


「まあ、ワシの流派に型など存在はしておらんのじゃが…切ると言うことに際しては必要じゃからな。お主らのそれはまだ殴るくらいなもんじゃ。」


 剣の振り抜きを殴りと言われても…あまりピンと来ない。


「どう言うことですの?」


「まあちょっと貸してみろ。」


 そう言われ師匠に剣を貸してみると、師匠はおもむろに近くにあった木のもとまで行き一言


「まあ、軽くな。」


 そう呟いた。そうして、ゆっくりと構え…フワッと振り下ろされた太刀筋は非常に正確で風切り音さえ無く…どことなく師匠の言っている意味がわかった気がした。

 まるで空を切ったかのように振り抜かれた剣。次の瞬間、その木は倒れた。


 2人して愕然として目を丸くする。


「ま、なまくらでもこのくらいはできるようになる」


 なるわけ無い。切れ味など無いはずの剣でこの有り様。いくらなんでもこれはバケモノ過ぎる。それともなに?この世界だとこのくらい当然とかそう言うこと?

 もう1年経ったのだからそんなに驚くことなんて無いと思っていたけれど…そんなことなど無かった。


「大丈夫じゃよ。あと60年位したらわかることじゃ。」


 60年か…長いなぁ。と、言うか笑いながら言うことではない。いや、そうだよ。このレベルが量産されてないってことは、やっぱりこのお爺さんがとんでもないのだ。


 そんなわけで、そこから先は太刀筋のブレを矯正する修行に入った。

 結論から言うと、随分と簡単だった。切っ先を揃え絶ちきる。流石に木を剣で切るなんてことは出来ないがほんの1週間程度で感覚をつかめてきた。


「やはり、お主らには才能があるな。」


 そう言って私たち素振りを眺める師匠。以前のような重い風切り音はなく、軽い音が聞こえる。この感覚なのだ、切ると言うのは。


 ―――――そうして、1ヶ月が過ぎた。


「お主ら、打ち合いをしてみよ。」


 そう言われた。打ち合い稽古と言うことだろう。


「僕たちが…ですか?」


「おう、基礎は教えた。あとは実践だけだと思ってな。実践の中で解ることがある。実践の中で感じることがある。それは実際にやってみないとわからないことだ。」


 確かに、私たちは実戦経験が一切無い。


「なに、お主らが使っておるそれに切れ味など無い。万が一当たっても切れはせんよ。」


 どこかアーサーは乗り気でないように私に向かい口を開いた。


「でも…アナスタシアは女の子だろ?」


「アーサー…今さら、そう言うのは不要よ?私、強くなりたいの。それに、なめてもらっちゃ困るわよ。」


 彼の瞳を見つめる。


「…わかったよ。」


 そう言っていつものように笑いかけてくれるアーサー。

 私とアーサー、2人の打ち合い。実力は…どれ程の差なのだろう?


「決まりじゃな。2人とも、構えてみろ。」


 私とアーサーは向き合う。互いに構え、見据える。


「始め…!」


 師匠の声が響く。それと同時に、私とアーサーは互いに踏み込む。互いの剣がぶつかり合う。金属音と共に始めて感じる反動。重い。流石はアーサーだ。こんな小さいときからこんなに強いなんて。

 お互いに弾かれる。次はどう動く?どこを狙う?こういうときに医学書で得た知識が活きてくる。


 踏み込み、懐へと走る。真っ先に、振り抜く先には首。ここが一番楽だ。だけどそんな大降りでは読まれるわけでいとも簡単に弾かれる。それは想定済み。弾かれた反動を利用し、反対側から狙いにかかる。


 その本命さえも、アーサーはしのぎきった。


「流石ね、アーサー…。」


 作中でも相当強かった。このくらいじゃ勝てないか。


「君だってすごいさ…今度は僕から行くよ。」


 そう言うと、一瞬の隙に距離を詰められる。眼前には既に振りかぶるアーサーの姿。間一髪、それを凌ぐ。それでも、すごく重い。剣を持つ手が痺れるほどだ。これが実戦でしかわからない感覚…。

 アーサーの連撃は続く。その全てが重く、しっかりとした太刀筋で早い。なんとかいなしているが、隙を見つけることさえままならない。

 一度大きく距離を取る。この状況を打破するのであれば、方法は1つ。


 力でねじ伏せる。


 細かいことは不要だ。


「アーサー…あなたは強いわ。」


「君だって強いよ…。」


「…行くわよ。」


「…来い…!!」


 ふと、風が背中を押してくれたように軽く走り出す。距離を詰め、ゆらりと揺らぐように構え自重を乗せ、その剣を振り下ろす。

 アーサーは確かにそれを防御していたが、弾くことはなかった。持てる全てをアーサーにぶつける。2人の間にわずかながら静寂が走った。


「アナスタシア…やっぱり君はすごいよ。」


 そう言うと、アーサーは私の剣を思いきり弾いた。不意の出来事に、剣を手放す私。この勝負、私の敗けだなと思った。が、アーサーも同じく剣を落とした…。


「痺れて剣が持てない…これがアナスタシアの本気なんだね。」


 アーサーの手を見ると少し震えていた。


「うむ、そこまでじゃな。」


 端から見ていた師匠がそう言った。


「アナスタシア、なかなかいい太刀筋じゃったよ。迷いがなく、尚且つ重い。アーサーもじゃ、軽く、キレがありお主の剣を捌くのはそれなりの技量が必要じゃろうな。」


 私とアーサー、それぞれの特徴をとらえている。やっぱりこの人はすごいんだな…。


 そうしてその日の夕方。


「アナスタシア…どうしたら君みたいに強くなれるのかな?」


「アーサーだって強いじゃない?」


「でも、あれ以降今日は剣を握ることが出来なかった…どうしたらそんなに力が出るの?」


「力を込めると言うより…ふわっと身体が動く感覚って言うのかしらね…そう言うのに近かったわ。」


「まだ僕じゃわかんないや。」


「でも、アーサーだって私の剣を最終的には弾いた。勝負事であればあれは私の敗けですわよ。」


「それでもさ…僕はもっと強くなりたい…!」


「…じゃあ一緒に頑張りましょう?そう言えば、ての痺れは引きました?」


「いやあ、まだちょっと。」


「そうですか…ではちょっと失礼しますね。」


 そう言って、アーサーの手を取る。手のひらを意識し、彼と魔力の繋がりを感じる。


「あ、アナスタシア!?」


 回復魔法、それが彼の手を癒していくのが何となく自分でも解る。


「これでどうです?」


「な、治ってる…。」


「明日も頑張りましょう?一緒に強くなるために!」


「う、うん!!」

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