第3話
次の日、いつもと同じ時間に目が覚める。着付け役のメイド、アンはまだ来ない。それもそうだ。まだ朝の早い時間。日も上っていない。
身体に異常はなく、寧ろ元気すぎるくらいだ。前世で特に運動をしていたわけではないが回復魔法があればあの程度の筋肉痛なら完全に治せることがわかった。今後ともお世話になっていく力だろう。
アンが来るまでは30分程時間がある。以前までの私なら二度寝をしてしまうが、今の私には目標がある。こう言うちょっとした時間でも無駄にしたくはない。今できることと言えば…魔力操作の練習とか?
昨日の夜ぶっつけ本番でやってみて成功した回復魔法。あの時、身体に魔力を流すと言うのを初めてやってみた訳だけど今後からはよく使っていく技術だ。もっと洗練したものにしないと。
体内に向け、糸を巡らす感覚…もっと…もっと突き詰める。ベッドの上で1人座り、感覚を研ぎ澄ませる。表面的に魔力を感じ取る…。
空気の流れ、鳥の囀ずり…そういったものが肌で感じられるようになる。空気がヒリついていく。もっと…もっと深くに―――――。
「―――――ごほっ!ごほっごほ!!はぁ…はぁ…。」
急に現実に引き戻される。何が起きたのかと聞かれれば、呼吸をするのを忘れていた。今まで感じなかった身体の重みが私を襲う。何か…奥深くに光が見えた気もしたが、あまりにも遠すぎる。
「この感じ…多分あの先に何かがあるわね。」
そう呟く。感覚的にそれが解った。そうして、もう一度にその状態に入ろうした時、部屋にノックの音が響いた。
「おはようございます。アナスタシア様。」
アンの声だ。もう来たのかと思えば、確かにあれから30分経っている。それだけ集中してたのね、私。
「おはよう、アン。入っていいわよ。」
いつも見るアンの顔。整ってるけど無愛想なのよね。ちょっと距離置いちゃうわ。
「アナスタシア様、先ほど咳き込んで入らしたようですが大丈夫ですか?」
「ええ、何ともないわ。大丈夫よ。」
「そうですか…もしも無理そうであればお休みの旨を伝えようと思っておりましたけど…。」
「心使い感謝するわ。でも大丈夫よ。この通り元気だもの。」
そう言って、ピョンピョンと跳ねて見せる。
「かしこまりました。」
それから、アンに着付けをしてもらう。アンとここまで話したの、思えば久しぶりな気がするわ。なんだかんだ心配してくれる優しい子ではあるのだけれど…やっぱりあのギロッとした目は怖いわね。
「では、アナスタシア様。無理は無さらず。」
「わかってるわよ。ありがとうね、アン。」
心なしか、最後、アンは私に微笑みかけてくれた気がした。私も変わってきてるって言う証拠なのかしら?
それから、私は自室を出る。今日もあの地獄のメニュー。でも、回復魔法があるってだけで随分と心が楽だわ。
屋敷の外まで歩いていくと既にお父様、アーサー、師匠がそこにはいたのだが…平然と歩く私の姿を見てお父様とアーサー、果ては師匠までもが目を丸くしていた。
「あ、アナスタシア…お前身体は大丈夫なのか…?」
お父様にそう聞かれ
「何も問題ありませんよ?」
と返す。
「こりゃたまげた…。」
「…本当にタフだね。君…。」
なんか、すごい勘違いされてるみたい。
「あぁ、昨日帰ってから身体中の痛みが酷かったので回復魔法を…。」
「か、回復魔法を!?」
慌てるアーサー。
「アナスタシア!いつそんなことできるようになったんだ!?」
お父様もそれに続く。
「え、えと…図書館で見つけた本に回復魔法の記述がありましたので…。」
「それだけでできるようになったのかい…?」
「ええ、そうですけど?」
「すごいじゃないか、アナスタシア!」
「ど、どう言うことですの…?」
「その年で回復魔法を扱える人間は限られているんだよ。将来は光魔法の使い手も夢じゃないな。」
そんな風にお父様に言われる。
結局、その場は適当に流したがそれでは私の理想像とはかけはなれてしまうではないか。私が主に使いたいのは闇魔法なのだ。その対極に位置する光魔法を使えたとて、それは私の掲げるアナスタシアちゃんではないのだ。
そう言うわけで、私達は今日も今日とて地獄の訓練に励んでいる。だけど何故だろうか。昨日よりも辛くない。アーサーは相変わらずだけど、私は昨日よりもほんの少し余裕をもって訓練を終えることができた。
「なんか、昨日よりも余裕ですわね。」
「え…本気…?」
「ええ。なんだかまだ動けるくらいに。」
「あはは…アナスタシアには敵わないなぁ…。」
そういってアーサーが笑って見せた。
「お主…回復魔法を使ったと言っておったな?」
そう聞いてきたのは師匠だ。
「ええ、そうですけど…?」
「他に使える魔法は無いのだな?」
「今のところは回復魔法だけですわね。」
「そうか…ならばいいのだが…。」
「どうかしたのですか?」
「いやぁ…何でもない。」
何か含みのある言い方。
「気になるじゃないですか?教えてくれませんの?」
「知らなくてよいこともある。回復魔法だけ使えるのならそれでよい。」
と、きっぱり言いきられてしまった。そんなの気になるに決まっていると言うのに。回復魔法がどう言うものなのか…そこから調べ直して見るのもありかもね。
その日の夜、早速私は図書館に籠りきりで文献を漁ってみた。
「回復魔法についての記述がありそうなのはこの辺かしら…。」
2、30分かけて見つけてきた10冊ほどの本。何かあるとすればこの辺りだろう。そうして、その中の一冊を無作為に手に取り読み始める。
ろうそくの光を頼りに読み進めてみるが、どこにもそれらしい記述はない。この本に書かれてあるのは、言うなれば回復魔法のコツみたいなものだった。
「やっぱり人体の構造について知っていると治す精度も上がるのね…よし、次。」
次の本もハズレ。だが、魔力をどう流せば早く治せるようになるのかと言う為になる内容ではあった。
「自分と相手が繋がるのをイメージ…これに関しては、実践でやってみるしかないわね。よし、次!」
次の本も、その次もハズレ。どんどん回復魔法についての知識が付いていく。ありがたいけどそうじゃない。あの感じ…多分だけど師匠は私に何かになってほしくないんでしょうね。それが何なのか…。今の私はどこまでも貪欲。知りたいと思ってしまったんだから絶対に突き止めてやるんだから!
とは意気込んだものの、最後の1冊になるまでそれらしい記述はなかった。
「これが…最後。」
その本のページを進める。
―――――結論から言おう。アタリだ。おそらくこれが私の求めていた答えであり、師匠が恐れていたもの。
「幼少期から光魔法を扱えるものは他の魔法の習得も早い…特に知らず知らずのうちに闇魔法に辿り着くことがある…。」
求めていたものに1歩近づいたような気分になった。光と闇の魔法を使うなんてこの上なくアナスタシアちゃんらしい。これだ。私の目指すべき場所は。
1人喜んでいると、またいつかのようにクレアが私を見つける。
「またここにいたんですか?アナスタシア様。」
「クレア…?」
何故クレアがここに?
「もう夜も遅いですよ?」
そう言われ、時計を確認しようと顔を上げる。暗くてよくわからなかったが目を凝らしてようやく理解する。またかなり長い時間籠っていたらしく、日を跨いでいるのが確認できた。
「うそ!?もうこんな時間!?」
でも冷静に考えれば、こんな本を10冊も読めば当然だ。
「みんな心配しておられましたよ?」
「それは本当にごめんなさい。私、夢中で気がつかなくて。」
「アナスタシア様…変わられましたね。」
「ちょっと将来の夢ができただけよ。」
「そうですか…ふふ、楽しみです。」
その時、初めて…クレアが笑いかけてくれた気がした。
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悪役令嬢たるものゲスであれ~追放エンドがわかっているので端から暴れ散らかします~ 烏の人 @kyoutikutou
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