第2話

「アナスタシア、今の今までどこに居たんだ?」


 心配そうに私にそう言葉を掛ける父。


「申し訳ございません。お父様。少々図書館のほうに。」


「そ、そうか…。」


 結局のところ、一人娘ということも相まってお父様は私に甘い。そう言うところがアナスタシアの傲慢を加速させたのだろう。

 でももう私、そんな領域にいないから。手に入れたいのなら自分の手で掴み取る。そう言う目標ができちゃったから。


「それで…お父様…1つお願いがあるの。」


「おお、何でも言ってくれ。」


「私、剣術を学びたいの!」


「け、剣術?どうしてまたそんな…?」


 そりゃあまあいざとなったときに必要でしょう?何て言えないかぁ…。


「貴族の嗜みかと思いまして。」


「そうか…だがあれは、紳士の嗜みであって―――――。」


「淑女が手を出すのはいけませんの?」


 上目遣いで甘えてみる。


「うっ…。」


 反応したところにトドメの一撃。


「お父様?」


「わ、わかった!お前に先生をつけてやるから!!」


 フッ、この父親やっぱちょろい。


 そう言うわけで私には剣術の先生がつくことになった。父曰く、1週間後から来てくださるそうで…いったい誰になるのだろうとワクワクしながらその日は眠りについた。


 それから1週間。私は読書に明け暮れた。手当たり次第に気になる本を読み漁る。人体の構造についての本も読んでおいた。それなりに予備知識は入れつつ迎えた1週間後。


 ソワソワしながら玄関でその先生を待つ私とお父様。


「こらこら、そんなに慌てるもんじゃないぞ?。」


 お父様にそうたしなめられるが、そんなに落ち着いていられるものでもない。だってこれは私の野望に向けての第一歩なんだから。

 しばらくすると馬車がこちらに走って来た。やがてそれはこちらで止まる。

 そこから出てきたのは…随分と年老いたお爺さんと…男の子?金髪に碧眼。


 あれぇ…?何か見たことあるけどあれって確か…。


「お待ちしておりました…師匠。」


 父が深々と頭を下げている。


「よいよい…今となっては位はお主のほうが上だろうよ。」


 待って…割りとマジの先生来てない?いやまあ生半可よりいいんだけどさ。


「して、師よ…なぜその子が?」


 うん。私も気になってた。この美少年。いやまあ何となくは予想ついているんだけど。


「この子もワシのもとで学びたいようでな。お主も知っての通りカダル子爵子息、アーサー·ゴドウィン様じゃ。」


 アーサー·ゴドウィン…ゲーム上でもヒロインが始めに出会う子だったわよね。ここアーバスノット家の治める領地とは隣合わせの領地の子だったはず。作中でも一応アナスタシアとは幼馴染みとして描かれてたっけ。性格は…天性の女たらし。その上で剣の腕なら作中でも1、2の実力だって紹介されてたわ。

 と、言うか挨拶はきちんとしないと…!


「お初にお目にかかります。アーサー·ゴドウィン様。私は―――――。」


「話は父上から聞いてるよ。アナスタシア。僕のこともアーサーでいい。よろしくね?」


 初対面でそんな笑顔を向けないでください。にやけてしまいます。もう少しその凶器のような笑顔をしまってください。眩しすぎて溶けてしまいます。ありがとうございます。


「こ、こちらこそよろしく。アーサー。」


 いけない…ガチのオタクが出てしまった。危ない危ない…これはちょっと立ち振舞いを考えなきゃ。


「しばらくは2人一緒に修行をしてもらうことになっているからな。師匠2人を頼みます。」


「おうよ。まあワシに任せときんしゃい。」


 にしても…本当にこのお爺さん大丈夫なのかしら。もう腰も曲がっているけど…。


 なんていうのは杞憂に終わりました。


 特訓1日目。私が何を受けたかと言うと基礎の身体作りの修行。


「もう少し腰を深く落として。」


 こ、こんなの…きついに決まってる。中腰のまま立つ。膝の位置まで腰を落とし動かないようにする。たったのそれだけ。それだけなのがすごくきつい。まだ動いていれば時間なんて気にしないのにあれから何分経った?とかこれどん意味があるの?とかそんなことばかりが駆け巡って異様に時間が経つのが遅い。

 その上で少しでも姿勢が崩れれば、先生…というより師匠から指摘が入る。


「まあはじめは30分できたらいいほうかな。」


 何より腹立たしいのは、師匠も同じ格好で実践して見せていること。こんなん文句のつけようがないじゃない。

 と、言うかだんだん足震えてきたんだけど。だんだん感覚無くなってきたんだけど…何これきつい…。


「あ、アナスタシア…僕もう限界かも…。」


 横から震えた声が聞こえる。


「なんじゃ、まだ10分も経っとらんぞ。」


 この師匠鬼すぎません?


 結局…30分なんとかそれを耐えた。もう死ぬほど足が弱っている。変に震えてまともに立てない。それはアーサーも同じことであった。


「さてと、ここからが基礎じゃからの。」


 その言葉に私たち2人はひどく絶望する。これ基礎でも何でもなく準備運動ってこと?


「ほれ、これじゃ。」


 そう言って師匠が取り出したのは私たちの肩ほどまである棒。


「な、何をするんですか…?」


「これを一日中構えておくだけじゃよ。」


「「…え?」」


 何だそんなの楽勝じゃん。


 なんて思った私がバカだった。


「…し、師匠…これ…どのくらいあるんです?」


 まともに持ち上がらない。無論それはアーサーも同じこと。子供の筋力で持てるようなものではない。


「えーとね、そっちのはだいたい6キロ。」


 バカか?この人。ダンベルとかならまだしも、6キロある鉄の棒を剣のように構えて一日中立つってどういう仕打ち?さっきのより断然きついんですけど?


 1日が終わる頃には、腕と足がぶち壊されていた。何この地獄みたいなトレーニング。何の意味があるの?これ?


「まあ、お主ら良く耐えたほうじゃよ。その年でこれとは見込みがある。将来が楽しみじゃ。」


 何よりこの師匠…強すぎん?何で私たちと同じメニューこなして平然と歩いてんの?


「あ、アーサー…。」


「どうしたの…?」


「動けない…。」


「僕も…こんなキツいなんて知らなかった。でも不思議だよ…君となら続けられる気がする。」


 こんなところでそんな眩しい笑顔を放たないでください、死んでしまいす。

 天性の女たらしめが…もうホントに…ホントに好きになりそう。でもここは心を平常に保とう。あくまでも自然に返すべきだ。


「不思議と、私もそんな気がするわ。」


 どんなにキツかろうと…今の私はやると決めたらやる女なのよ。どんな苦難でも乗りこえてやろうじゃない!!


 痛む身体を引きずり立ち上がる。


「さあ、帰りましょう?」


 そう、アーサーに手を差しのべると驚いたようにこちらを見た。


「君って人は…タフだね。アナスタシアは。」


「そんなこと無いわよ。立てる?」


 夕焼けに2人、子供が並んで師匠のあとを追いかける。これからも頑張らなくちゃ。


 と、思ったが地獄は帰ってからだった。筋肉痛がひどい…めちゃくちゃに痛い。今まで使ってこなかった筋肉なんだから当たり前だ。何かこう…楽にする方法は…そこまで思案して思い出した。


「そう言えば…回復魔法ってあったわよね?」


 図書館で本を漁っているときに見つけた魔法。回復魔法…私が欲している闇魔法とは真逆の光魔法に該当する、主人公が使っていた魔法。


 私にもできないかなぁ…コツは信じること。

 何をと聞かれれば、神?宗教じみてるけど、信じて治るならそりゃ信じるわよ。

 大丈夫、知識は入ってる。やり方はぶっつけ本番だけどね。魔力…身体の中を巡らせて神を信じてみる。

 目を瞑って一呼吸置いてみて―――――。


 え、治ったんだけど?


「…あ、こんな簡単に治るものなのね…。」


 何だ、光魔法も案外簡単ね。機会があればそっちももっと伸ばしてみようかしら。

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