第3話 嗜好

「永松とは長いな」

同じサークルから三橋商事に入った加藤博之がちゃかした。

「俺も病気だよな」

「そうだよ。病気だよ。高校のころからそうだった。でも、いつでも、本命は美穂ちゃんみたいな女の子なんだよな」


高校のころからそうだった。

川村女子、跡見女子、実践女子それぞれの高校に好きな子がいた。

みんな茶道部だの琴部だの華道部だののお嬢様系の女の子に狙いを定めた。

しかし、そういう女の子にはあっけなく振られてしまう。

付き合うのはいつも慶應女子高校の生意気で派手な女だった。

大学生、社会人になってもそうだ。

大人しくて、家庭的な女の子に惹かれるが、すぐ振られてしまう。

その代わり、渋谷のセンター街でナンパした女やディスコでナンパした女と付き合うのがお決まりだった。


「お前自体が派手だからだよ。よく、美穂ちゃんもお前と結婚したなーと最初は驚いたもん」

「俺も、理想の相手が一発で手に入って、それはそれは最初は嬉しかったさ。だが、だんだん、尽くされていくうちに飽きが来るんだよな。生意気な女の方が面白味がある。しかし、嫁にするには美穂みたいな女がいい」

「なんか、美穂ちゃんもかわいそうだなー。箱入り娘でどんな男と結婚すればいいかわからなかったのだろうな」

「まあ、どんなに浮気をしても美穂とは離婚はしないよ。セックスレスになっても俺はこれでも美穂を愛している」

「本当かよ。あ、永松が来た。じゃー俺これで帰るわ」


加藤も学生時代散々女遊びしたのに24で聖心女子大卒業したばかりの女とサッサと結婚してしまい、その後は俺のように女遊びしていない。


「加藤君知ってるの?わたしたちのこと」

「知ってるも何も、加藤にばれたってどうってことないよ。出世街道まっしぐらな加藤が俺の仕事の邪魔をしない」

「今日はうちに泊まってく?金曜日だし」

「そうだな。あいつには明日たっぷりとサービスをしようかな」

「本当なの?一日中寝てるんじゃないの?」

「一日中寝ていたら、今日のことを怪しまれてしまう。さあ行こう」


バーを出るとタクシーに乗って、恭子のマンションへと急いだ。


翌日、美穂は久しぶりに機嫌がよかった。

「わたしね、家で刺繍教室するよりも銀座のカルチャーセンターで刺繍教室を持つように出版社の方から勧められてそうすることにしたの!」

「すごいじゃないか!」

「刺繍の本が評判良くてね、出版社にはがきでお教室開いてくださいって殺到してるんだって」

「何も銀座じゃなくたって、その辺のカルチャーセンターでいいだろう」

「知らないの?わたし、手芸雑誌に連載始めたのよ。テーブルの上に置いて見てって言ったじゃない」

「ごめんごめん」

「これから忙しくなるわー」


刺繍だか手芸だか俺には興味がなかった。

むしろ、ゴルフだの野球だのサッカーに興味を示してほしかった。

二人の子供が巣立って、二人の時間を一緒の趣味で過ごしたい。

でも、趣味が全く合わない。

スキーはというと、美穂は結婚と同時にサークルを辞めてしまったので、そんなに滑れないし、もともと運動が好きではないらしい。

俺の好きな女は美穂みたいな女なのだが、やっぱり、一緒にコースを回ってくれる恭子といる方が面白い。

ふとテーブルに生けてある大きな花束に目をやった。

「これどうしたんだ?」

「あー、出版社の人にいただいたの。素敵でしょう?」


今日の美穂はいつもよりも、ご機嫌だった。

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