第2話 午前2時
「ただいま。まだ起きてたのか」
「ご飯食べてきたんでしょう?お茶漬けでも食べる?」
「ああ」
浩太郎は日本に帰ってきてから、いつも午前様だ。
わたしを抱いたことはない。
分かっている。
わたしたち夫婦は、結婚してすぐ愛情のない夫婦になってしまった。
浩輝を生んで、大学の卒業式に出たとき、美奈子に言われた。
「浩太郎さんと付き合っているのよ」
なんでも、OB会で声をかけたのはわたしだけではなくて、美奈子にも声をかけたらしい。
美奈子は出版社に内定が決まっていて、サークルでも女子キャプテンをする活発な女だった。
わたしとは正反対な女だ。
それでも、まだ、浩太郎には愛情があった。
美和を生んで、いい奥さんになろうと必死になった。
代々浩太郎の家は慶應の幼稚舎上がりだから、浩輝も美和も幼稚舎ねと義理の母に生まれたときに念を押された。
最初は乗り気ではなかった。
浩太郎が海外赴任になればついていこうと思っていた。
浩輝が2歳になり塾を探すかどうかと思い悩んでいた時、ある夜、女の人から電話がかかってきた。
「浩太郎さんいますか?」
「いえ、まだ会社です」
「そうですよねー。あなた奥さん?学生結婚なんですって?世の中のこと何にも知らないのね。浩太郎のことも。今、浩太郎はわたしの隣で眠っています。妻の座はあなたでしょうけれども、浩太郎の愛情はわたしのものだから」
そういうと電話は勝手に切れた。
これで二回目だ。
悔しかった。
美奈子にしても、さっきの相手にしても、わたしとは違う人種だ。
わたしは家事をして、子育てをして、夫の帰りを待って、夫の親とうまく付き合うだけの女。
何の取り柄のない女。
そのころから、昔から手芸が好きだったことを思い出し、刺繍キットを買ってきて、独学で刺繍を子育ての合間に始めた。
浩太郎はわたしの趣味には理解を示してくれなかった。
ものが増えるだけだと。
わたしだって、他の女のようにいつかバリバリと働いて見せる。
将来、刺繍教室を開いて羽ばたいて見せる。
浩太郎の稼いできたお金で食べていくだけの女でいたくない。
浩太郎が海外赴任になったら、日本に残って、子供たちを幼稚舎に入れて立派な子供に育てよう。
浩太郎は赴任先でも女を作るに決まっている。
わたしは浩太郎のメイドではない。
わたしだって自我がある。
「美穂、うれしい知らせだ。今度、香港に赴任になった。もちろん一緒に行くだろう?」
「浩太郎、ごめんなさい。お母さまとも約束してあるんです。子供たちを幼稚舎に入れて日本で育てると」
「俺はどうなるんだ!」
「ごめんなさい。一人で行ってね。ちょくちょく、香港には顔出しに行くから」
「なんだよー。俺の自慢の嫁を赴任先に連れていけないのかよ」
本当に自慢の嫁と思ってるの?
刺繍ばかりして暗い女と思っているんじゃないの?
わたしは遠い将来、浩太郎から離れることを念頭に入れて、着々と刺繍の腕を磨いていた。
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