第6話

そんな状態で昼近くまで過ごしていた宏太だったが、急に我に返る事になる。終始俯きほぼ動かず過ごしていた彼に1人の少女…『桜田門 咲(さくらだもん えみ)』が声をかけてきたのだ。それも彼女は『薬師村』の村長の孫娘という立場もあって観察眼に優れていたからか。午前中の授業が終わったのを機会に声をかけると、人気のない教室に呼び出して告げた。

「…何かありましたのかしら?柳生君。」

「…。」

「今日はずっと上の空って感じでしたわよ、あなた。顔色もあまり良くないみたいですし。大丈夫ですの?」

「はい…。その…すみません、でした…。」

村長の孫娘という立場上、同じ村に住む者を『家族』と思う感覚が芽生え易いのか。はたまた別の感情で宏太を見ているからか。宏太の変化に気が付いた上に誰も触れようとしなかった事を、咲はあえて尋ねてくる。それでも当の宏太は不安定な精神状態であるが為に、謝罪の言葉を口にする事しか出来ない。すると咲は小さくタメ息のようなものを漏らした後、更に言葉を続けた。

「別に…謝って欲しいわけではありませんわ。あなたが素晴らしい人である事は私も分かっていますし。だからこそ私はあなたの事が特別で…。」

「?桜田門さん?」

「…何でもありませんわ。こちらの話です。それで…何があったんです?私で良ければ話ぐらいなら聞きますわ。」

「あっ、はい…。ですが…。」

意味深な事を口にしてきた咲に対し不思議そうにする宏太だったが、当然相手は答えようとはしない。そればかりか宏太の様子が変わってしまった理由を問い続けてくる。その様子に宏太は逆に追い込まれたような状況になったが、内容が内容であったからか。上手く言葉を口にする事は出来ない。再び空き教室内が静寂していった。

 だが、その状況をやはり咲は壊していった。何故なら宏太の事を『特別な想い』を抱きながら今も見続けている人物なのだ。彼が誰の事で考え込んでいるのかは、すぐに分かってしまうらしい。その証拠に一瞬の間の後、こんな事を告げてきたのだから…。

「桂川さんの事…ですわね?」

「…っ!?何を…急に…。」

「急ではありませんわ。朝から様子を見ていれば誰でも分かります。だって…昨日と違ってあなたは彼女と明らかに距離を置こうとしているんですもの。だから何となく思い付いたのです。『桂川さんとの事で悩んでいる』と…。違いますの?」

「いえ…。」

「まぁ…もし彼女が何か言った事が原因でしたら言って下さいな。私が彼女に怒っておきますから。」

「桜田門さん…。」

『特別な想い』を抱く者を相手にしているからか。妙な胸の痛みを自覚しながらも咲の表情は微笑みを浮かべていて、言葉も力強いものになっている。それにより宏太は当然咲の想いに気が付く事はなかった。

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