第50話
それから更に少しの時間が経過して。授業が終わった事で咲は1人で帰宅しようとしたが、どうやら家族は未だに自分の体調を気遣ってくれているらしい。校舎を出た所で桜田門家の使用人の存在に気付く。それも乗車を促してきた為、受け入れる意思を示すように小さく頷く。そして皆が見送る中で乗車すると、使用人の丁寧な運転によって自宅へと帰っていった。
その日の夜。咲が登校を再開出来た事が嬉しかったらしい。普段は仕事等で帰りが遅い事が多い両親も早々に帰宅。村長である祖父も交えて夕食を摂っていた。それらの光景は家族全員が揃い難い普段とは少し違って、『一家団らん』という言葉が似合うものだったからだろう。両親や祖父だけでなく使用人達も楽しそうだ。だが、皆と違って咲の表情は僅かに浮かないものを浮かべてしまう。未だに奈瑠が告げた2人の事が気になってしまっていたのだから…。
そんな咲の様子に家族は当然気が付いたらしい。特に何かと忙しい両親よりも平日は特に一緒にいる事が多い祖父は気が気ではないようだ。その証拠に食事をしながらも時々考え込みながら動きを止めてしまう咲を見つめながら不意に尋ねた。
「どうかしたのかい?咲。」
「えっ…?」
「今日はいつも以上に静かじゃないか。まだ調子が良くないのかい?」
「そうなの!?咲!なら早く休んだ方が…!」
「いや、むしろ医者を呼んだ方が良いかもしれない。すまないが誰か村にいる森田先生を呼んでくれないか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!私は大丈夫です!だから…先生は呼ばないで下さい!」
祖父の言葉を発端に両親は口々に告げ、使用人に同じ村に住む主治医を要請しようとまでしてくる。当然体調が既に落ち着いている事もあり咲はそれを止めようとしたが、周囲はあまり納得してはいないらしい。未だ心配した様子で見つめてくる。その姿に咲は自分が愛されている事を改めて実感したからか。何だか嬉しくも感じていたが、自分の事を皆が未だに心配そうに見つめていたからだろう。家族を安心させる為にも口を開いた。
「本当に大丈夫です!ただ少し考え事をしていて…。」
「考え事…?」
「はい。同級生が私を探そうとした理由を『江戸』と『彼岸』に頼まれたって言ったから…。そんな人達の事、私は知らないから…。」
「そう…。不思議な話ね。」
「ああ。まぁ、咲の体調が悪くないなら良いさ。何かあったら早めに言いなさい。良いな?」
「うん…。ありがとうございます。」
考え込んでいた理由を改めて口にする咲だったが、どうやら両親は思い当たる節がないらしい。聞いてはくれたものの、その表情は不思議そうにしている。それにより咲は申し訳なく感じながらもお礼を口にした。
だが、両親に対し申し訳なく思っていた事で咲は気が付かなかった。2つの名前…『江戸』と『彼岸』を口にした瞬間、祖父が何やら考え込んでいた事に。しかも何かを告げたかったのだろう。一瞬ではあったが、祖父は口を開く。だが、親子の微笑ましいやり取りに水を差したくなかったのか。結局、彼が言いかけた言葉が音となる事はなかった。
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