第51話

その日の夜。孫娘・咲からの言葉で微妙な空気に包まれたりもしたが、基本的に和やかな雰囲気のまま夕食は終了。入浴等を済ませた後、皆は自分達の寝室へ入っていく。その中には当然咲の祖父であり、『桜田門家』の現当主も含まれている。だが、就寝の為に布団へ入って既に30分以上も経つが、彼は一向に眠ろうとはしない。というのも、夕食時に咲が口にしていた話が彼の中で過り続けていたのだ。『江戸』と『彼岸』の事を告げていた話が…。

(私にはもう姿が見えないから、いなくなったと思っていたが…。今もいてくれるのか?この家を守る為に…。)

久し振りに聞いた2つの名により、咲の祖父の脳裏には過去の事も過り続ける。すると懐かしの記憶に浸る事で自然と睡魔に襲われていたらしい。無意識の内に彼は意識を失っていき、寝室を静かな寝息が包み込むのだった。

 一方の咲も両親や祖父と同様に入浴を済ませてから自室へと直行。学校から出された課題の残りと予習復習を素早く済ませると、就寝の為に自分の布団へと潜り込む。そして目を閉じて眠り始めたのだが、そこで不思議な夢を見る事になった。


 それは今よりも幼い自分が出てくる夢。むしろ姿から小学生にもなっていなかった頃の夢で、本来ならば懐かしさが芽生えるはずの光景だった。だが、それを見させられている当の咲は決して明るい感情だけを持っていない事も自覚していた。というのも、咲は当時の事にあまり良い思い出がなかったのだ。『村長の孫』で『未来の村長』という立場から特別扱いをされて周囲とは線引き。更に祖父は村長としての役割の為に何かと忙しく、両親も村の外でも働きに出ていていたのだ。当然、当時から既に自宅には数人の使用人がいたが、皆も忙しく咲の世話をしても遊んではくれない。それにより咲は寂しく過ごしていた。

(そうですわ…。あの頃の私は…ずっと独りでしたのよね…。)

縁側に座りながら外を眺める光景は、懐かしくもあり改めて辛さを思い出させるものだったからだろう。夢であると分かっていても、見つめる咲の表情は自然と苦しげに歪んでしまうのだった。

 だが、そんな光景を見ている内に咲は『ある違和感』を抱いていた。それは…。

(でも…本当に独りだったのでしたっけ…?)

最初、記憶から作られた夢により辛い過去を思い出させられたからだろう。咲が感じたのは不快感だった。それが過去から作られた夢を見ていく内に、『ある感覚』が強まっていくのを咲は自覚し始める。『この頃の自分の傍に誰かがいたのではないか?』という感覚が…。

(でも…誰が?)

その当時はまだ村に宏太は来ていない。そればかりか隔離されていたような状況であった為、他の子供達とも交流が出来ていない。つまり咲の傍には誰もいないはずなのだ。だが、咲の中では漠然と『誰か』が傍にいてくれたような感覚があった。もっとも『誰か』が傍にいてくれた感覚も今になって自覚出来たもので、その正体について不思議と思い出す事が出来ないままだったのだが…。

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